194 八王の大迷宮 最後の試練(2) 守護の翼
俺が鞭を切り落として立ち止まったところを狙い、フェンリルが俺の右腕に噛みついた。
「くそっ! 食いちぎるならさっさとやれ!」
中途半端な力で噛みつかれているせいで身動きが取れない。その隙を逃さず、オーガキングの大剣が頭上から振り下ろされる。
どうにか体をわずかに逸らしたが、左腕は肩口から切り落とされ、その勢いのまま右腕もフェンリルに噛みちぎられた。
「〈完治2〉!」
即座に両腕が再生する。だが、ミスリルのショートソードは、切り落とされた腕と噛みちぎられた腕に握られたままだった。
武器を拾おうとした瞬間、オーガキングがタワーシールドで体当たりしてきた。
激しい衝撃に吹き飛ばされ、地面を何度も転がる。
ようやく止まったとき、俺は仰向けのまま空を見上げていた。
「くそっ! 寝ている場合じゃない!」
すぐに立ち上がろうとした瞬間、重い足が俺の体を踏みつけた。オークキングの足だ。
「くっ、この小さな体じゃ動けない。せめて今やれることを……」
八体の王の中で、絶対に封じなければならないスキルを持つ魔物がいる。――オークキングだ。
俺はオークキングの足を掴み、その体内へ直接魔力を流し込む。
「〈禁能呪〉!」
肉体の内側へ浸透させた魔力が、確実に作用する。
「よし……魔法反射領域の中でも、体内に直接流し込めば通る!」
オークキングの〈種の衝動〉を封じることに成功した。
そのままつま先とかかとを逆方向にひねり、体勢を崩した。
拘束が緩んだ瞬間、俺は転がってその場から脱出した。
(同じようにフェンリルに触れることができれば、魔法反射も封じられるはずだが……)
そう思いながら、ラグナとベルガのほうへ視線を向ける。
二人は背中を預け合いながら、五体の王の猛攻を必死に防ぎ、受け流していた。満身創痍で、防ぐだけで精一杯の状態だ。
(やつら……甚振って遊んでやがる)
五体の王たちは、本気を出せばいつでも殺せるはずの二人を、あえて殺さず、少しずつ傷つけていた。
「〈完治2〉!」
二人の傷を回復する。だが、五対二という圧倒的に不利な状況は変わらない。
(俺の剣はどこだ!?)
剣を探したその瞬間、背後からオークキングの大剣が迫る。
「くそっ! 探している暇はない!」
間一髪で回避し、〈飛翔〉で一気にラグナとベルガの頭上へ移動した。
「すまない! 俺の剣の場所はわかるか?」
攻撃をさばきながら、ラグナが叫ぶ。
「フェンリルの後ろよ!」
視線を向けると、切り落とされた左腕と、噛みちぎられた右腕が転がっていた。どちらも剣を握ったままだ。
俺は全速力でフェンリルの後方へ向けて飛翔する。
「ぐっ!」
だが、フェンリルの頭上を通過しようとした瞬間、フェンリルが跳び上がり、左肩に噛みついた。
「くそっ……だが、これでいい!」
俺は右手でフェンリルの体に触れる。
「〈禁能呪〉!」
魔力を直接体内へ流し込む。
フェンリルの〈魔法反射領域生成〉を封じた。
――これで魔法が通る。
俺は噛みつかれたままの左腕を、さらにフェンリルの口の奥へ押し込んだ。
「何度も噛みつきやがって……お返しだ。〈溶岩弾〉」
至近距離――いや、体内から放った溶岩弾が、フェンリルの内臓を焼き尽くす。
巨体が痙攣し、力なく崩れ落ちた。
「あと五体」
そう呟いた直後、オーガキングがタワーシールドごと突進してきた。
衝撃に吹き飛ばされ、再び地面を転がる。
「くそっ! またかよ!」
今度はうつ伏せの状態で止まった。
「すぐに立ち上がらねば……」
起き上がろうとした瞬間、背中を踏みつけられた。
動けない。
その直後、右肩に激痛が走る。
右腕が切り落とされた。
「くそっ……何本目だよ、俺の腕! 〈完治2〉! ぐぁっ!」
再生した瞬間、今度は左腕が切り落とされる。
(まずい……遊ばれているから生きているだけだ。首を狙われたら終わる)
右足――左足。
回復するたびに、別の部位が切り落とされる。
終わりのない切断と再生の繰り返し。
(このまま〈完治2〉を使い続けたら……魔力が持たない)
そのとき、別の魔物が近づき、俺を踏んでいた魔物ごと蹴り上げた。
「ぐはっ!」
体が何度も地面に叩きつけられる。
(蹴ったのは……ミノタウロスキングか……俺を斬って遊んでいたのは……オークキング……)
全身骨折、内臓破裂。
意識が遠のく。
それでも、〈無詠唱〉で〈完治2〉を発動する。
視界が戻った瞬間――ミノタウロスキングが斧を振り下ろしていた。
(間に合わない――!)
そのとき。
凄まじい金属音が響いた。
斧は、俺に届いていなかった。
転がって距離を取り、立ち上がる。
見上げた先――そこにいたのは、ミノタウロスキングの斧をドラゴンの爪で弾き返した、褐色の肌の女性だった。
長い白髪が風に揺れ、光を受けてやわらかく輝く。
しなやかで力強い体つき。胸元だけを覆う黒いトップスに、動きやすそうな黒のズボン。両腕には金属の手甲、首元には黒いチョーカー。
そして――背中には、黒い悪魔の羽。
「アレスはアタシが守る!」
ミノタウロスキングの前に立ちはだかっていたのは――エリュシアだった。
どうやってダンジョンの中に来たんだ?
だが――今はそれどころではない。
「エリュシア、逃げろ! 今のエリュシアが敵う相手じゃない!」
エリュシアのスキルのほとんどはレベル8。レベル9はわずかで、レベル10は一つもない。この王たちに太刀打ちできる強さではない。
「アレスはアタシが守る! 絶対に守る!」
ドラゴンの爪で斧を受け流すが、防ぎきれず傷が増えていく。
俺が〈完治2〉で回復させても、すぐに新たな傷を負ってしまう。
そこへオークキングが近づいてきた。
俺はメスのゴブリンの“セインテス”に変身し、
「〈溶岩弾〉!」
オークキングを吹き飛ばす。
だが、その直後、エリュシアがミノタウロスキングに吹き飛ばされ、俺の近くへ落ちてきた。
「無理するな、エリュシア! 今のエリュシアでは勝てない! 逃げろ!」
「嫌だ!」
エリュシアは叫んだ。
「アタシはもう、自分のせいでアレスを失いたくない!」
血まみれの体で立ち上がる。
「アタシが守る!」
強い意志を宿した瞳で、前を見据える。
「この命にかえても守ってみせる!」
そう言い放つと、エリュシアは全力の〈飛翔(羽)〉で、ミノタウロスキングへ突っ込んでいった。




