193 八王の大迷宮 最後の試練(1) 石板の前の死地
障害物ひとつない平地。八体を同時に相手するしかない状況だ。
「とりあえず分断してみるか。〈空架障壁〉」
――しかし。
『その魔法はこのエリア内では使用できません』
機械的なアナウンスが頭の中に響いた。
え!? マジかよ。
「くそ、第九階梯生活魔法〈魔法障壁〉!」
『その魔法はこのエリア内では使用できません』
嘘だろ……。これではドラゴンゾンビのブレスを防げない。
「とりあえず、回復魔法が必要になるまでは、フェンリルから入手した〈魔法反射領域生成〉を使っておくわ」
ラグナの〈魔法反射領域生成〉で、相手の攻撃魔法はしのげる。だが――
「〈治癒〉」
俺は試しに、ドラゴンゾンビへ〈治癒〉をかけてみた。
次の瞬間、俺自身に〈治癒〉がかかる。
「やっぱりな。向こうはすでに〈魔法反射領域生成〉を展開している。フェンリルを倒さない限り魔法攻撃は通らないし、相手のスキルも封じられない」
つまり――フェンリルを倒すまで、八体の王を近接戦闘で相手にしろということか。
キツいな……。
そのとき、巨人エリアの方角から五人組の冒険者パーティが姿を現した。おそらく、俺たちのオーブを狙っていた連中の一つだろう。
「何だアレ!? 石板の前に、やたらデカい魔物が八体もいるぞ!」
「アイツら、このダンジョンのボスなんじゃないか!?」
「誰も相手してないぞ! 今のうちに俺たちで倒そうぜ!」
俺とラグナ、ベルガはまだ透明化したままだったため、彼らは俺たちに気づいていないらしい。
五人組は、八体の王の背後からこのエリアへ踏み込んだ。
「俺たち以外も入れるのか!?」
驚く間もなく、五人は背後から一斉に攻撃を仕掛ける。
だが次の瞬間。
振り返ったオーガキングの大剣がヒュン、と空気を裂いた。
五人の体は腰から上下に分かれ、地へと崩れ落ちる。
「まさか入って来られるとは思っていなかった……見殺しにしてしまったな」
俺の呟きに、ラグナが静かに答える。
「あれは仕方ないわ。実力差を見抜けなかった彼らの問題よ。私たちの責任じゃない」
……そうだな。そもそも、今の俺たちに他人を助ける余裕はない。
「ラグナ、ベルガ。この相手に対して透明化したままでは、お互いの位置を正確に把握できず、不利だ。透明化を解くぞ」
「わかったわ」
「承知した」
三人同時に透明化を解除する。
すると、〈空架障壁〉で隔てられた階段エリアの冒険者たちが騒ぎ出した。
「おい! あれって噂のゴブリンのメスじゃないか!?」
「オーガのメスもいるぞ!」
「もう一人は獣人か?」
「馬鹿! あれはワーウルフのメスだ!」
「な!? ゴブリンのメスが石板に書いてあった“アレス”だったのか!?」
「なんで魔物がダンジョンアタックしてんだよ!?」
同じく階段エリアから様子を見ていた騎士団長のクラウディアが口を開く。
「そうか……。私はあいつらに名前があったから従魔だと思っていたが……あれは、自らの意思で戦っている。魔物に変えられた元ヒューマンなのかもしれない」
その言葉に、騎士団員や冒険者たちがどよめく。
「主人がその場にいないまま、従魔だけでダンジョンアタックすることは不可能だ。もしダンジョン内で主人が死ねば、従魔はその場から動けなくなる。あいつらは何らかの理由でヒューマンの姿に戻れないのだろう。……このダンジョンをクリアしない限り、戻れないのかもしれない」
そこまで言って、クラウディアはふと違和感を覚えた。
(では……私を手込めにしたのは誰だ……?)
アレスへ視線を向けた瞬間。
メスのゴブリンだったアレスが、オスのゴブリンへと変身する。
「な!? メスのゴブリンがオスになったぞ!」
「あれは何だ? 大きさは普通だが、雰囲気がまるで違う……上位種か!?」
クラウディアが息を呑む。
「あれは……歴史上でもまれにしか確認されていない“レッドキャップ”。ゴブリンの最強種だ。キングをも凌ぐと言われている。目撃された周辺の街は例外なく壊滅している。ここ千年の間、確認例はないはずだ」
(そして……私を手込めにしたのはアイツか。ずっと目の前にいた、あのメスのゴブリンが……)
愛憎の入り混じる感情に揺れながら、クラウディアは戦場を見つめていた。
“レッドキャップ”へと変身した俺は、両手にミスリルのショートソードを構えた。
「ラグナ、ベルガ。フェンリルを倒すまでは近接戦闘で押し切るしかない」
前衛にベルガ、その後方に俺とラグナが並ぶ陣形。
ベルガが叫ぶ。
「行くぞ! 〈挑発〉!」
八体の王が一斉にベルガへ殺到する。
その隙を突き、俺とラグナは左右へ回り込んだ。
俺はゴブリンキングへ、ラグナはコボルトキングへ斬りかかる。
刃が閃く。
ゴブリンキングの首が宙を舞い、同時に反対側でコボルトキングの首も落ちた。
「よし、まずは二体!」
この中で最も弱いと思しき二体を瞬殺した。希望が見えた――そう思った瞬間。
視線を戻すと、ベルガの左腕にフェンリルが噛みついていた。バトルメイスを握ったままの腕だ。
「ベルガ!」
俺が駆け寄るより早く、オーガキングの大剣が振り下ろされる。
ベルガは右腕のタワーシールドで受け止めるが、その衝撃で吹き飛ばされる。
勢いのまま、ベルガの左腕は――フェンリルに噛みちぎられた。
「ラグナ! 〈魔法反射〉を解除しろ!」
「解除したわ!」
「〈完治2〉!」
光が走り、ベルガの左腕が再生する。
だが、ミスリルの装甲とバトルメイスはフェンリルの口中だ。
鎧ごと噛みちぎるだと……? どんな顎と牙をしてやがる。
その間も攻撃は止まらない。
気づけばラグナの左腕に、悪魔王バルログの鞭が絡みついている。動きを封じられた彼女へ、ミノタウロスキングの斧が振り下ろされようとしていた。
「くそっ、間に合え!」
俺は全速力で〈飛翔〉し、ラグナへ肉薄。
絡みついた鞭を斬り落とす。
解放されたラグナは、迫る斧をかろうじて受け流した。
だが――。
俺が足を止めた一瞬を狙い、フェンリルが飛びかかる。
鋭い牙が、俺の右腕へと食い込んだ。




