184 再会の約束とオーガの集落
ビデオ通信を切ったあと、俺はナオキを女性化し、奴隷にしたうえで、すべてのスキルを〈多重禁能呪〉で封じた。
その後、朝までかけて七人の奴隷の女性冒険者の治療を行った。もちろん彼女たちの視界は奪ってあるため、相手がゴブリンであることはわかっていない。また、彼女たちが身につけていた装備や衣類はすべて新品同様に修理しておいた。治療後は〈熟睡〉をかけ、昼頃に目覚めるよう調整してある。
◇
翌朝。
オークの被害に遭っていた女性たち七人には、いつものように新品同様に修理した装備を返し、奴隷にしたナオキとともに地上へ送った。リディアたちの待つテントへ向かうよう伝えてある。あとは任せて問題ないだろう。
すると、ラグナが口を開いた。
「奴隷の冒険者七人も、一緒に地上へ送ればよかったんじゃないの?」
俺は首を横に振る。
「ゼフィランテス帝国は、平民と奴隷の格差が大きい。一緒に送れば揉める可能性があるからな」
「たしかに……別々にしたほうが無難ね」
ラグナは納得したように頷いた。
続いてベルガが問いかけてくる。
「今日はどうするんだ?」
「オーガエリアを行けるところまで攻略するつもりだ。ただ、その前に少し時間をもらえるか? 奴隷の冒険者たちがまだ眠っているから、起こして朝食を取らせたあと、少し話をしておきたい」
「わかったわ」
「承知した」
俺たちは一度オークエリアへ戻り、屋敷の中にいる女性冒険者たちに〈覚醒〉をかけて起こして回った。
朝食を与え、様子を観察する。
(……一時間では足りなかったか)
〈獅子王の心〉を与えたことで、わずかに改善は見られる。しかし、完全に回復したとは言い難い。リディアと同程度の精神的損傷だとすれば、一人につき一晩は必要だろう。それも、アレスの姿で行ったほうが効果は高い。
となれば、いったん地上へ送り、俺がダンジョンを脱出してから本格的な治療を行うしかない。
朝食を終えた七人の表情には、わずかながら落ち着きが戻っていた。
エルマの料理が、心の傷を抱えた彼女たちを少しでも癒したのだろう。
食後の紅茶を配り終えたあと、俺は静かに問いかけた。
「リディアを知っているか? 戦乙女騎士団の元団長だった女性だ」
その言葉に、全員が驚愕の表情を浮かべた。
フレイヤが慌てて問いただす。
「なぜゴブリンがその方の名を知っている!? リディア団長は……ご無事なのか!?」
「ああ、生きている。今はアストラニア王国のエヴァルシアにいる。他にも、元戦乙女騎士団の団員が四人、彼女とともにいる」
フレイヤは真剣な眼差しで俺を見つめた。
「私たちもそこへ行きたい。どうすればいい?」
「特別なことは何もいらない。この屋敷で休んでいてくれ。明日の朝には地上へ戻す。そのとき、リディアに会えるはずだ」
その言葉を聞いた女性たちは、涙を浮かべた。
「俺たちは外でやることがある。昼食の頃には戻る。それまではここでゆっくりしていてくれ」
そう告げて外へ出ると、待機していたラグナとベルガと合流する。
屋敷を透明化し、〈念動〉で浮上させると、そのまま中央の階段エリアへ向かった。
中央の階段エリアに到着したとき、ふと気になり、石板を確認する。
「こういう表記になるのか」
石板の北・東・南・西、それぞれの穴の横に『アレス(ラグナ、ベルガ)』と刻まれていた。
どうやら、ラグナとベルガも俺と同様にオーブを共有する存在として認識されているらしい。
「よし。オーガエリアの攻略に向かおう」
俺たちは最初の集落を目指し、飛行した。
◇
森を切り開いた先に、オーガの集落が姿を現した。
粗雑に伐採された太い丸太を組み上げただけの建物が、不規則に並んでいる。柱も壁も歪み、隙間だらけだが、使われている木材の太さは人間の建築物とは比較にならない。
力任せに打ち込まれた杭が、大地に深く食い込んでいた。
建物はすべて平屋で、板を重ねただけの簡素な屋根が載せられている。
だが一つ一つの規模は大きく、人間の家なら二、三軒分に相当する広さがあった。
壁には爪痕や武器で抉られた跡が刻まれ、この集落で繰り返されてきた争いの歴史を物語っている。
周囲ではオーガたちが我が物顔で歩き回っていた。
丸太を担ぎ、建物の補修をする者。
棍棒や斧を手に、喧嘩同然の訓練を行う者。
生活と暴力が、ここでは同義だった。
この集落は文明の模倣に過ぎない。
しかし同時に、力ある者が力のみで築き上げた、オーガたちの「住処」でもあった。
「オーガが三十匹、グレートオーガが二十匹……か」
人の倍はある巨体が五十匹。
最初の集落としては、他のエリアより明らかに規模が大きい。
「まあ……全滅バッチだけで終わりそうだな」
序盤の集落は、どのエリアでも同じだ。
俺は全滅バッチを起動し、すべてのオーガを瞬時に殲滅した。
「今日は、ラグナとベルガの出番はなさそうだな。家の中で休んでいてもいいぞ」
「そう? でも一応、外で待機しておくわ」
「私も同様に待機する」
二人の意志を尊重し、そのまま三人で行動を続けた。
オークエリアにも倉庫は存在したが、冒険者の遺品はほとんどなかった。
このエリアは長らく冒険者に避けられてきたのだろう。
途中で昼食を取りながら進軍し、その日は合計十の集落を壊滅させた。
十ヶ所目の集落に屋敷と工房付きの家を設置し、その内部へ入る。
「狼のエリアより楽だな」
「私は何もしていないから、何とも言えないわ」
「私も同じだ」
とはいえ、次の集落からは新たな魔物が追加される可能性が高い。
二人の出番も近いだろう。
夕食の準備のため屋敷へ戻ると、フレイヤが口を開いた。
「アレスたちは、このダンジョンをクリアするつもりなのか? もしそうなら、私たちも手伝わせてほしい」
ありがたい申し出だ。通常のダンジョンであれば彼女たちでも問題なかっただろう。
しかし――。
「すまない。このダンジョンは特殊だ。王のいる深部となれば、残念ながらフレイヤたちでは太刀打ちできない」
「そうか……力になれず、申し訳ない」
本来なら、レベル10まで引き上げれば戦力になる。
だが、彼女たちはまだ戦争時の心の傷を抱えたままだ。
まずはリディアと再会させることを優先すべきだろう。
その後、定期連絡のビデオ通信でモニターの中にリディアの姿を見つけた七人の奴隷の女性冒険者たちは、揃って涙を流した。
落ち着かせるまで、しばらく時間を要した。
まだ心の治療は終わっていない。
情緒が不安定なのも無理はないだろう。
「リディア。この人たちの治療は、今は難しそうだ。俺がダンジョンを出るまで、彼女たちの支援を頼む」
『承知しました。アレスさま』
通信を終え、解散する。
しかし、フレイヤだけがその場に残った。
「あれ? フレイヤ、何か用か?」
「ああ。一つ聞きたい。アレスとリディア団長は、どういう関係なんだ?」
俺がゴブリンである以上、不思議に思うのも当然だろう。
「ああ……説明していなかったな。俺とラグナ、ベルガは本来ヒューマンだ。ある魔法使いによって魔物へ変えられ、このダンジョンに飛ばされた。このダンジョンをクリアしなければ、元の姿には戻れない」
「なっ……では、三人とも本当はヒューマンの女性なのか?」
「いや、俺だけ男だ。ラグナとベルガは女性だが……俺自身も、彼女たちの本来の姿はまだ知らない」
「ええっ!?」
その言葉に、ラグナが驚愕の声を上げた。
「アレスって男だったの!? うそでしょ!? こんなに可愛いのに!」
「話し方でわかるだろ。今はメスの姿になっているだけで、オスにもなれる。ただ……見た目が怖いから、フレイヤたちの前で変身するつもりはない」
「そうか……気を遣わせてしまったな」
「気にするな。リディアの知り合いなら、当然の配慮だ」
フレイヤはなおも俺を見つめ、再び問いかけた。
「それで……アレスとリディア団長は、どういう関係なんだ?」
どうやら、誤魔化しきれなかったらしい。
「それは――明日、本人に直接聞いてくれ」
そう言い残し、俺は自室へと退いた。




