183 勇者の誤算と戦争の傷跡
調子に乗ってきたナオキが、楽しそうに言う。
「人型の生物は《勇者》には勝てないんだよ! 第四階梯聖魔法〈感度調整〉一万倍! 第八階梯聖魔法〈強制終了〉!」
――その瞬間。
体を大きくのけ反り、そのまま静かに倒れたのは――ナオキだった。
俺はラグナに、フェンリルから入手した〈魔法反射領域生成〉で、俺たちを囲む領域を魔法反射領域にしてもらっていたのだ。
驚愕の表情でナオキを見つめている女性冒険者七人とナオキを、〈部分収納〉で拘束する。
そして魔法を持つ女性から順に直接触れ、〈熟睡〉で眠らせた。
「残りも眠らせておくか」
俺は裸の女性七人にも〈熟睡〉をかけて眠らせ、ナオキには忘れずに〈魔封じの腕輪〉を装着した。
その後、その場にドラゴン運搬用の客車を出し、ラグナとベルガに指示を出す。
「ラグナとベルガは、裸の女性七人をそれぞれ、この客車の中にある部屋へ連れて行き、ベッドに寝かせてくれ。冒険者の女性七人とナオキは、俺のほうで対処する」
俺は以前、救助した女性奴隷たちに使用していた、三十部屋ある元貴族の屋敷を出現させた。
一階に作っていた牢へナオキを収容し、冒険者の女性たちは奴隷の主人をすべて俺へ変更してから〈部分収納〉の拘束を解き、それぞれの部屋のベッドに寝かせておいた。
外へ出ると、ラグナとベルガが俺を待っていた。
「アレス、このあとどうするの?」
「ああ、二人は家を出すから、そこで寛いでいてくれ。あとは俺が処置する」
そう言って、いつも使っている工房付きの家を出し、二人を中へ入らせた。
「まずはオークの被害者の“治療”から始めよう」
俺は、裸の女性七人を運び込んだドラゴン運搬用の客車のほうへ入った。
一人だけナオキに奴隷化されていた女性がいたため、その女性の奴隷状態を解除しておく。
一人につき三十分ほどかけて治療を終えると、次にナオキと冒険者の女性たちがいる屋敷へ移動した。
ナオキの奴隷となっている冒険者の中で、全員に指示を出していたリーダー格の女性を覚えていたため、その女性の部屋へ行き、〈覚醒〉をかけて目覚めさせる。
俺は女性に声をかけた。
「目が覚めたか? 今、あなたは俺の奴隷になっている。少し話を聞かせてほしい」
メスのゴブリンが女性の声で、男の口調で人語を話したことに驚いたのか、女性はしばらく固まっていた。
やがて、諦めたように口を開く。
「とうとう、あたしは魔物の奴隷か。落ちるところまで落ちたな……。それで、ゴブリンさん、何が聞きたい?」
その女性は、淡い金髪が柔らかな光を帯びて揺れ、その下で蒼い瞳が澄んだ湖のような静けさを湛えていた。
幾多の修羅場を越えてきた者だけが持つ落ち着きと気品が、その佇まいにはあった。
身体に馴染んだ革鎧を隙なく纏い、腰には使い込まれた剣を下げている。
華奢に見えながらも隙を感じさせない、美しさと実力を兼ね備えた歴戦の女冒険者だった。
「あなたの名前は?」
「フレイヤだ」
「ナオキとはどういう関係だ?」
フレイヤは呆れたように答える。
「見ればわかるだろう? 奴隷と主人さ。戦争奴隷だったあたしたちは奴隷商に売られ、それを買ったのがナオキってだけだ」
戦争奴隷……。
俺は確認のため、さらに尋ねた。
「まさか、カリスティア王国の?」
フレイヤは目を見開いた。
「ゴブリンなのによく知ってるな。その通りだよ。戦場で捕まって、ずっと兵士の慰み者にされてきた。今でも男を見ると体が震えるくらい、刻み込まれている……。他の六人も、あたしと同じだ」
――そうか。
リディアと同じ苦しみを味わった者が、ここにもいたのか。
「ナオキに対して特別な感情はあるか? 例えば、恋愛感情とか」
フレイヤは即答した。
「あるわけないだろ! アイツは自分がやりたくなったらあたしたちを使う、それだけだ。戦場の男たちと何も変わらない。でも……ここまで落ちたあたしたちには、もう怒りも何もない。ただ、早く終わってほしいと思うだけだ」
やはり、帝国の戦争奴隷となった女性たちの精神的ダメージは深刻だ。
「わかった。このあと、もう少し眠っていてくれ。〈熟睡〉」
フレイヤを再び眠らせた。
ひとまず工房付きの家へ戻り、ラグナとベルガのために夕食を準備した。
夕食を食べながら、ラグナが尋ねてくる。
「“処置”のほうはどうなったの?」
「裸だった女性七人の“治療”は終わっている。明日の朝には地上へ戻す予定だ」
裸の女性たちが捕まっていたオークの集落の倉庫にあった装備は、ナオキの奴隷となっていた冒険者の女性が持っていたマジックバッグの中に収納されていた。
すでに俺の亜空間に回収し、新品同様に修理してある。この中に彼女たちの装備があるはずだ。
ベルガが口を開いた。
「ナオキたちはどうするんだ?」
俺は少し考え、答える。
「女性冒険者たちは全員戦争奴隷だったようで、精神的なダメージがかなり大きい。できるかわからないが、今晩“治療”を試してみる。ナオキの処置については……悩んでいる。このあとエヴァルシアとの定期連絡で、仲間と相談して決めるつもりだ」
***
夕食を終え、しばらく寛いだあと、俺はモニターを使ってエヴァルシアとの定期連絡を行った。
モニターの前にいるセレナが言う。
『なるほど。《勇者》の称号を誰かに渡したいわけね』
スキルは入手したものを他人へ譲渡できるが、称号は別だ。奪取するしかない。
そのため、与えたい人に直接奪取してもらったほうがいい。
『でもね、アレス。うちでそれができるのはリディアとリンファだけよ。他のメンバーは、たとえ男になっても他人とするのは抵抗があるの』
当然だろう。リディアとリンファが特殊なだけだ。
他に志願した者は、いまだ一人もいない。
「一応、別の方法もある。ナオキを女性化し、従魔にした魔物に〈スキル・称号奪取(性)〉付きの指輪を使わせ、ナオキのスキルと称号をすべて奪わせる。そのあと魔物を倒し、亜空間へ入れれば――」
『なるほど。《万紫千紅》のメンバーは大半が〈空間魔法〉持ちだから、〈分解(空間)〉と〈スキル・称号付替〉を指輪か腕輪で使えるようにしておけば、誰でも取得できるわけね』
さすがセレナだ。理解が早い。
だが、セレナは続けた。
『でも今、《勇者》の称号が必要な人はいないわね……。ひとまずナオキを女性化して奴隷化し、すべてのスキルを封印してこちらへ送ってくれない? 称号とスキルの使い道が決まるまで、娼館で働かせておくわ』
すべてのスキル封印――ミノルの独自魔法、第七階梯呪魔法〈多重禁能呪〉か。
「わかった。明日にでも地上へ送る。リディア、明日来られるか?」
モニターにリディアが現れる。
『はい、問題ありません。明日の朝、そちらへ向かいます』
「明日はナオキと、オークの被害に遭っていた女性冒険者七人。それと、これは治療次第だが、翌日に元カリスティア王国の国民で戦争奴隷だった女性七人を送る予定だ」
リディアは驚きながら尋ねた。
『女性たちの名前はわかりますか?』
「一人だけ話した。名前はフレイヤ。淡い金髪で蒼い瞳の女性だ。三十一歳だ」
それを聞いたリディアは、震える声で言った。
『アレスさま……彼女はおそらく元戦乙女騎士団の一員です。私が守れなかった仲間の一人……』
「リディア。もう悔やむのはやめろ。セレナにも言われただろう? 彼女たちの未来を幸せにしてやれ」
『……はい、アレスさま』
やはり、あの女性たちは必ず“治療”しなければならない。
一人当たり一時間ほどしか時間は取れないが――それでも、やるしかない。




