21ロドル
早朝の王邸は、静かだった。
夜が明けきらず、薄暗い。
従者でさえ起きているものは多くないだろう。
限られた人だけが、食堂に集まっていた。
「朝食を食べるには早すぎませんかね」
起こされたばかりとは思えない。
溌剌とした様子のロドルを見て吐き気がした。
「この時間によく承諾してくださいましたね」
向かいに座るイリューがにっこり笑って答える。
「まさかあなたが王子だとは思わなかったんでね。王子の命令は絶対でしょう?それに年寄りは朝が早いんですよ、ちょうど暇を持て余していたところです」
白々しい。もっと前から俺が護ではなく第三王子だということくらいは、情報を得ていただろうに。
「ひょっとして夜中から起きていたのではないですか」
「夜中に、何かあったのですかな」
口端に笑みを浮かべて、ロドルが言う。
シアが立ち上がろうとしたのを、ファタが左手で制した。ここに来るまでに散々話してきたのにすぐに感情的になる。
ロドルが夜の騒ぎを、知らないわけがない。
ラナが生きてることを本当は悔しがっているはずなのだから。
「あなたは知らないかもしれないが、隣に座る部下の方は知っているのではないですか」
「なにか知っているのか、メト」
「さぁ、何のことかわかりかねます」
メト、と呼ばれた女性は左隣に座るロドルを見て首を振った。
「リズを」
イリューが言うと、ターヴァが素早く離席して廊下で待っていたリズを呼んだ。
「リズ、ラナに毒を飲ませるよう話していた人物はここにいるか」
「…います。ロドル様のお隣に座っている方です」
「名前は」
「…メト様です」
リズが声を震わせてようやく答えている。
ロドルがそんなリズをギョロリとした目で睨みつける。
「と、リズが話していますがメト様どうですか」
「何のことかさっぱりわかりませんね。頭のおかしい女が戯言を言っているとしか思えませんが。そんな女の話を信じてるんですか?」
「…そんなっ!メト様、仰ったじゃないですか!ラナ様に毒を飲ませたら、あのことを、なかったことに、…なかったことにしてくださると!!」
「知りません、こんな女。…私の名前を知っているだけでゾッとします。早く退室させてほしいですわ」
メトはそう言うと、リズを一瞬睨め付けてすぐに視線を外した。
「ほーらね、リズ。だから言ったでしょ。リズが言うこと聞いても聞かなくても守ってなんかくれないんだって。こんなクズに自分の全てを預けちゃダメだよー」
ターヴァがリズの肩に手を乗せて落ち着かせる。
「ずいぶん失礼なこと言ってくれるじゃない」
「あれ?怒っちゃいました?本当のこと言われると腹が立つって言いますもんねぇ」
「なんですって!」
ターヴァの口は止まらない。
「知ってました?あの毒薬もぜーんぜん大したことないクズみたいな毒だったからラナ様にはぜーんぜん効かなくて、もう元気にしてますよ、ラナ様」
「そんなわけはない!夜、あんなに大騒ぎになってたではないか!意識もまだ戻ってないはずだ!」
「メト」
ロドルの低い声が、広い食堂に轟く。
「やだなぁ、女の人ってすぐ感情的になるんだよねぇ。てか、なんでラナ様が意識がないなんて知ってんの?さっき、何にも知らないって言ってませんでした?」
「ロドル様!」
メトは、助けを求めるようにロドルを呼んだが、彼は興味のない顔をしてメトを見た。
「馬鹿者、感情的になりおって。お前はもう下がれ。足を引っ張られたら敵わん」
「引っ張られる足でもあるんですか?ロドル様」
「小僧、口を慎めよ」
ピシャリと言われて、ターヴァが両手を上げてにっこり笑った。
ロドルは舌打ちをして、顎を動かしてメトに出ていくように促した。
「リズはこのままここにいて。大事な証人だから。今出ていくのは非常に危ないよ」
ターヴァはリズを自分の左に座らせた。
「毒殺の一件に関しては調査が進めばいずれ明らかになることです。それよりも今回のこの毒物は、一年前のザザ王子にも使われたものなのではないですか、ロドル様」
メトが退出した後、イリューは口を開いた。
「何の話だ。ザザ王子は病死だろう」
「いえ、毒殺です。その時に使われた毒でうまく殺せた。だから二回目も使おうとした。違いますか?」
「何を証拠にそんなことを言ってるんだ」
「証拠なんていいんです。別に探してもいないし探したところで見つかりません」
「じゃあ、何が言いたい」
「証拠がなくても動機はありますよね。ザザ王子を殺したいほど憎んでた人がいた。ロドル様あなたですよ」
「何を馬鹿なことを、わしはザザ王子に三年も仕えていたんだぞ」
「そうですか?自分の妻と子を殺した奴の側近になんてなれるもんですか?はらわた煮えくり返りませんか。殺してやるほど憎い、そう思っていたのではありませんか」
「なぜそんなことを…知っている」
ロドルの表情に動揺が走る。
「でも、よく思い出してください。あなたの大切な家族が殺されたことを教えてくれた人は誰ですか?」
ロドルが黙る。
「そう、第二王子ですよね。ザザ王子が殺したのだと教えてくれたのは誰でしたか?」
「第二王子…だ」
「では、あなたは実際に見たのですか?ザザ王子に捕えられた家族を。そして殺されたのならご遺体を。…見てないんですよね?見せるわけがありません。だって、第二王子は、あなたの絶大な忠誠心と家族愛をとことん利用したかっただけなのですから」
「どういうことだ」
ロドルの声が大きくなる。
「第二王子は、ザザ王子が邪魔だったんです。国費使い込んでるのを王都に公表するとか言われたんでしょう。もう仲間はいらない。いるのは忠誠心のある部下でいい。そしたらこいつだと思える奴がいた。それがあなたです」
ロドルの呼吸が荒くなってきた。
イリューは続ける。
「まず、第二王子はあなたに、国費のことを知っている人間は少ない方がいいと、元財務管理補佐官だけ始末するようにと言われてたはずですが、本当はためにためた証拠を隠滅するために事故を装い爆発事故を起こしたかったのです。あなたは利用されました」
食堂の窓の外が、だんだん明るくなってくる。
ロドルは何も話さない。
「爆発後あなたはすぐに東国へ向かうように言われた。なぜなら爆発騒ぎの中、ザザ王子が証拠を燃やされたことを怒って、あなたの妻と子が誘拐したと言われたからです。…言われたのはまた第二王子。でも、実際誘拐したのは第二王子で、もちろんそんなの嘘だったんです」
「そんなわけはない、東国に誘拐されたんだ。そう聞いたんだ…」
「そのあとはさっき話した通りです。ザザ王子が邪魔だった第二王子は、ザザ王子を殺すためにロドル様あなたを利用したんです。自分だけが国費の流用を続けたい、公表されないようにと言う理由で。そしてあなたはいまだに騙されて第二王子のために東国の金を動かしているのではありませんか」
「しょ、証拠は、あるんだろうな…」
「どちらのですか?第二王子に裏切られてる証拠ですか?それとも国費を使い込んでる証拠ですか?」
「どちらも、あるのか…」
ロドルは察したように唸った。
「ではまず、こちら、国費を使い込んでる証拠です。見つけるのが本当に大変でした。元財務管理補佐官のご自宅に大事にしまってあった資料です。あ、もちろん、写しですが」
ロドルは資料を手にする。最初は一枚一枚丁寧にめくり読んでいたが、次第にぱらぱらと雑に目を通し始める。
「間違いない。私が記録した資料だ」
ロドルが項垂れる。今まで見たことのない姿だった。
「裏切られている証拠はどうなさいますか」
「そんな証拠、見たくもない」
「第二王子はあなたを利用するためにあなたの家族を死んだことにしていましたが、…生きています」
「ロドル様の家族は死んでいません」
ファタが早口で言った。
「そんなわけ…!」
「北国の田舎で生活してます。ベルナという地域です」
「ベルナは妻の田舎だ。だが、どうして私のところに…連絡がなかったんだ」
「それは、ほーんと第二王子性格も顔も歪んでるんで、爆発事故の時にロドルは死んだって伝えてたんですって。だからこの間ファタが会いにいくまであなたは死んだことになってましたよ。生きてるって知ったら二人とも大泣きしてましたね」
ターヴァが付け加えた。
「これでもまだ、第二王子に忠誠を誓いますか」
ロドルはゆっくり首を振る。
「家族が生きていたことがこんなに嬉しく感じるとは、思わなかった。よほど家族を失った時の思いで今までやってきていたんだと感じるよ。今はただ、早く家族に会いたい」
「その前に、話すことは全部話してもらいます」
「わかっている」
ロドルの目に再び生きる力が宿ったように見えた。




