閑話1.彼女がそこにいた理由
我は“天竜”グランディーネ。
世界最大の大陸“ドルド”の中央に存在する竜神山脈の頂、そこにある竜族の里、その長の娘じゃ。
長というのは我が母の事じゃが、竜族にとっての長とは特権階級とか纏め役ではなく、単に一番強い者の事じゃ…母上は本当に強いからのう、高々千歳にもならぬ我如き小娘では相手にもならぬお方よ。
そんな母を持つからか、どうやら我も同年代の同族の中では飛びぬけておるらしい。
らしいというのは、そもそも同年代の同族というのを殆ど見たことが無いから、実際の所は良く分からんのじゃが。
同族との戦いや手合わせと言えば、母上との稽古でぼこぼこにされた記憶しかないからのう…あ、思い出したら身震いが…。
ごほんっ
そんな事より話の続きじゃな。
我がその母の元から独り立ちしたのが二百年ほど前の事。
我等竜族は生涯の殆どを放浪の旅で過ごす種族じゃ。
というのも竜族は生まれつき膨大な魔力を持ち、それを周囲に向けて放出してしまうという特性を持っておるからじゃ。
短期間であれば別に問題は無いのじゃが、長期間竜族の集団が一所に留まると、その周囲の魔力が飽和状態になり、魔物の大発生やダンジョン生成などの原因になってしまう。
長老たちの様に年経た竜であれば放出を抑え込めるのじゃが、それ以外の者はどうしようもない。
故に竜族は幼い内のみ里で家族と暮らし、物心付いた頃には同性の親と旅をして過ごし、独り立ちできるようになればその親とも別れ、一人旅をする。
これが今の竜族の生き方じゃ。
そんな理由から一人旅の空な訳じゃが、今現在我は非常に難儀な事になっておった。
「ううう、腹が減ったのう…」
我が居るのは山越えしようと分け入った山の山頂近くにあった洞窟の中、その最奥にあった祭壇のような遺跡の上、そこですきっ腹を抱えながら横になっておるのが現状じゃった。
なぜこんな事になっているかと言えば、原因は地図代を渋って、少し古い地図を買った所為じゃ。
古いと言ってもせいぜい十年程度の事、地形まで変わっている事はあるまいと高を括っておったのじゃが、補給の当てにしていたそこそこ大きな村が、まさか廃村になっておるとは…。
しかしこの時点ではまだ我も楽観的じゃった。
ならばこの後入る山で狩りをすれば、獲物の一つも手に入れられよう、と。
結果から言えば、きちんと竜の気配を消していたにも関わらず、ウサギどころかネズミ一匹すら出んかった。
ついニ、三日前にこのあたりで大嵐があったと、一つ前の村で聞いた事を思い出したのは、がけ崩れで山道が無くなっているのを見つけた時じゃった―――
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
その後とにかく山頂を目指そうと上っている内に日も暮れてしまい、偶々見つけたこの洞窟に入り込み今に至る訳じゃ。
明日にはさっさと山を下りて、一番近場の村へ向かおうと適当な毛布にくるまって横になった。
竜は十日やそこら食わんでも死にはせんのじゃが、飢えはする。
特に同族の中でも食い気の強い自覚の有る我には辛い。
空腹を誤魔化すべく、目を閉じて無理やり眠気を呼び込もうとするが、上手く行かない。
「…そういえば昔、母上が言っておったな。眠れぬ時は明日の楽しい事を考えろと」
楽しい事か。
今はやはり何を置いても食べる事じゃな。
村に着いたら真っ先に食事をしよう。
今の我には固いパンと薄いスープでも十分ご馳走じゃ。
もし腸詰でもあったら、多少高くても絶対に食べよう。
猟師が居れば肉も食えるかもしれん。
安い地図を買った意味が完全に無くなるが、構うものか。
「…ん……」
明日の食事を夢想している内に徐々に思考は鈍り、我の意識は眠りに落ちていった。
次に目を覚ました時には、パンとスープ所か、かつて食べた事の無い程の美味に出会えるとも知らずに―――




