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第一話 ソファに棲む妖怪

結婚三十年。


どうしてこうなった……。


夫婦共働き。

平日の十八時。 私が仕事から帰る頃には、夫は必ず先に帰宅している。


「ただいまー」


玄関を開けても返事はない。

嫌な予感しかしない。

リビングへ向かうと、今日も奴はいた。


帰宅した瞬間に脱ぎ捨てられた仕事着。 裏返った靴下。 床に転がるワイシャツ。


そして、三百六十五日ほぼ同じ灰色の部屋着をまとったまま、ソファに横たわる妖怪。


「ただいま」


二度目でようやく、


「おう」


返事はあった。

ただし視線はテレビから一ミリも動かない。


かつて毎日のように囁かれていた甘い言葉は、もう存在しない。


「愛してる」


「会いたかった」


「今日も綺麗だね」


あの頃の男はどこへ消えたのか。


今、目の前にいるのは、ポテチを食べながら尻を掻く中年生物である。

そして妖怪は、ニュース番組を見つめたまま静かに屁をこいた。


……ブゥ。


「ねえ」


「ん?」


「今のおなら?」


「おう」


悪びれもしない。


私は静かに天井を見上げた。

結婚三十年。


人前で平気で放屁、

みる影も無し。

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