視線
中に入った瞬間、空気が変わる。
円形の舞台。観客席は埋まっているのに妙に静かだ。誰も拍手をしない。誰も声を上げない。
ただ舞台の上だけが、明るく照らされている。
「さあさあ!今夜も最高のショーをお届けするよ!」
軽やかな声が響く。舞台の上にいたのは、一人の少女だった。赤と青の髪がくるりと揺れ、フリルの多い衣装が大げさに広がる。少女は笑っていた。大きく。完璧に。
少女がくるくると回るたびに、軽やかな鈴の音が空気を震わせる。
それなのに、観客は誰一人も笑っていない。視線だけが舞台に向いている。
少女は止まることなく、笑い、跳ね、観客に手を振る。反応はない。
それでも笑い続けている。違和感だけが、はっきりと残る。
その時だった。少女の視線がこちらを向いた。赤と青の瞳がまっすぐに見つめてくる。
次の瞬間、少女は舞台を降りた。観客の間をすり抜けながら、こちらへ歩いてくる。
目の前で足が止まる。逃げる理由は、思いつかなかった。
少女は笑ったまま、覗き込むように顔を傾けた。
「君はこっちの人なんだね!」
「…こっち?」
思わず聞き返す。少女は一瞬だけきょとんとして、それからぱっと笑った。
「あれ?違うの?」
首をかしげる仕草は無邪気そのものだった。けれどその視線は、どこか確認するように、こちらをなぞっている。
「でもチケット持ってるよね?」
手の中の紙。いつの間にか、強く握りしめていた。少女はそれを覗き込む。近すぎる距離にわずかに息が詰まる。
「じゃあ仲間だね!」
ぱっと顔を上げ、嬉しそうに言う。その言葉に、小さな違和感が残る。
「仲間?観客じゃなくて?」
「ほら!こっちこっち!」
少女はこちらの問いなど聞いていないかのように、くるりと背を向けて歩き出す。観客席の間をするりと通っていく。慌てて追いかける。人でいっぱいの観客席。ぶつかりそうになっても、誰も避けない。目も合わない。視線だけが舞台に固定されている。
「すごいでしょ!」
満面の笑みで少女が振り返る。
「今日も大盛り上がりなの!」
その言葉と同時に、舞台の上で誰かが大きく手を振った。でも、拍手は起きないし、歓声もない。それでも少女は嬉しそうに頷く。
「ね?」
返す言葉が見つからない。何が大盛り上がりなのか、わからなかった。




