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Laughrain Circus  作者: 鬱乃みや


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11/12

完成

戻る途中、誰も喋らなかった。

クラリスだけは退屈そうに靴先を鳴らしていたけれど、その音さえ妙に遠く聞こえる。

頭の奥に、まだ暗がりが残っていた。

照明の届かない場所。

輪郭の曖昧な“何か”。

見てはいけないものだった気がするのに、完全には目を逸らせなかった。

「……なに、その顔」

不意に、クラリスがこちらを覗き込んできた。

笑っている。いつも通り、眩しいくらいに。

「なんかずっと静かじゃない?」

軽い声。何も知らない声音だった。

答えようとした瞬間、暗がりの感覚が蘇って、喉の奥が詰まった。

楽しそうに首を傾げる。悪意はない。

本当に、ただ気になっているだけみたいに。

「クラリス」

ヴェラの低い声が落ちる。

制止するみたいに。

けれどクラリスは「あは、ごめんごめん」と軽く笑っただけだった。

その空気を切るように、

「舞台の外を見たか」

ノクスの声が響く。

息が止まりそうになる。

黒い輪郭が、静かにこちらを見ていた。

「……あれ、何なの」

気づけば、そう口にしていた。

ノクスは少しだけ沈黙する。

その間、ヴェラが小さく舌打ちした。

「聞くな」

苛立ちを押し殺したみたいな響きだった。

けれど、ノクスは止まらない。

「舞台に不要だった感情だ」

静かな声が落ちる。

「不要だった……感情?」

うまく理解できない。

ノクスは淡々と続ける。

「このサーカスの演目は感情なのは知ってるだろう。そして、クラリスやヴェラは」

「その感情そのものだ」

明らかに苛立った声でヴェラが割り込む。

「形になれなかった感情。見世物にならなかった感情。舞台に上げるには曖昧すぎたもの」

暗がりが脳裏に浮かぶ。

沈むような感覚。

胸に残る重さ。

「孤独、諦め、虚無、執着——そういったものは観客を熱狂させない」

クラリスが「へぇ」と興味なさそうに笑う。

まるで、ステージ外の感情など、どうでもいいと言うように。

「だから捨てた」

ノクスの一言は、驚くほど冷たかった。

ヴェラが顔をしかめる。

「……最初からそういうルールだ」

吐き捨てるような声。その奥に僅かな嫌悪が混じっている。

「でも、お前は違う」

ノクスの視線がこちらへ向く。

「歓喜も、怒りも、恐怖も。そして、本来捨てられるはずだった感情すら拒絶しない」

ぞくり、と背筋が冷えた。

「お前は壊れない」

ノクスが一歩近づく。

ゆっくり迫ってくる。

「だから、お前は完成した」

完成。

その言葉に、胸の奥がざわつく。

違う。そんな綺麗なものじゃない。


怖い。


苦しい。


逃げたい。


ぐちゃぐちゃな感情が消えないだけだ。


「……それの、何が完成なんだ」

気づけば、声が出ていた。

クラリスが少しだけ目を丸くする。

ヴェラは黙ったままこちらを見ていた。

ノクスだけが冷静だった。

「感情は本来、矛盾するものだ」

 低い声が落ちる。

「だが人は、それを不要として切り捨てる」


暗がりが浮かぶ。

舞台に上がれなかった感情たち。

捨てられたもの。

「お前は捨てなかった」

ノクスが言う。

「だから、完成した」

その瞬間、はっきりわかった。

ノクスは、何も理解していない。


 この苦しさも。


 恐怖も。


 消えない感情の重さも。


 ただ“完成”と呼んでいるだけだ。


胸の奥が、冷たくなる。

ここにいてはいけない。

その感覚だけが、妙にはっきり残っていた。

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