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Laughrain Circus  作者: 鬱乃みや


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10/12

欠片

床に手をついたまま、しばらく動けなかった。視界が少しずつ戻ってきても、体の奥に残っている感覚が消えない。

軽さも、重さも、冷たさも。

もう流れ込んではいないはずなのに、どこかに引っかかっている。

「ほんっと壊れないね」

すぐ近くで声がした。顔を上げると、クラリスがしゃがみ込んでこちらを覗き込んでいた。

相変わらずの笑顔だが、その目だけが少し鋭い。

「ねえ。今のどうだった?」

問いかけられても答えが出てこない。言葉にしようとすると、さっきの感覚が浮かび上がってくる。

「答えられないか」

突然の低い声に視線を上げると、ノクスが立っていた。

「…十分だ」

それだけ言って、視線が外れる。息が少しだけ楽になる。

「えー、もう終わりか」

クラリスが立ち上がって、少し不満そうに、それでも楽しそうに笑っている。

「もう少し見たかったのにな」

その言葉が妙に引っかかった。

何を?考えようとして、やめる。考えたくない。

「…大丈夫?」

クラリスが手を伸ばす。触れるか触れないかの距離で止まり

「ま、平気そうだね」

そのまま引っ込める。

最初から支える気はなかったみたいに。

ゆっくりと立ち上がる。足の感覚を確かめながら、一歩踏み出す。

そのとき、視界の端で何かが動いた。反射的にそちらを見る。

照明の届かない、舞台の外。そこに、何かがある。

人に見えたが、はっきりしない。輪郭があいまいで、揺れている。

ただ、そこにある気配だけが濃く残っている。

さっき感じたものと似ているのに、もっと静かで重い。

「……?」

クラリスは何も言わずこちらを見ている。

でも、舞台外の存在には気づいていない。

「どうしたの?」

答えられない。視線が外れない。

その時__

「見るな」

鋭く、はっきりとした拒絶に反射的に振り向く。

ヴェラがいつの間にか、すぐ近くに立っている。

苛立った顔で、こちらを睨んでいた。

「そっちは…」

言いかけて言葉を切る。

「…見るな」

命令というより、警告に近い声だった。

次の瞬間、腕を強く掴まれた。無理やり視線が外れる。

「あれは舞台に出すもんじゃねぇ」

吐き捨てるように言う。

はっきりとした嫌悪が混じっていた。

それ以上は何も言わない。けれど、それで十分だった。

「…見えているのか」

ノクスの声だった。

その言葉ではっきりとわかる。これを見ているのは、自分だけだ。

「へ?」

クラリスが首をかしげる。

その横で、ノクスの視線だけが、こちらを捉えている。

暗がりの中の何かはいつの間にか消えていた。

けれど、確かにそこにあったものが、消えたとは思えなかった。

「行くぞ」

ノクスの声。それだけで体が動く。

振り返ることはできなかった。

あの場所に、まだ何かが残っている気がして。

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