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薄暗くて分厚い雲の下で②


カランカラン……。


その後魔物と接敵することはなく、無事に菓子屋までたどり着き、ドアを開けた。

菓子屋は僕と師匠が住むおんぼろ小屋とは比べられないくらいきれいな建物だ。

中に入ると、甘い香りがしてお腹も空いてくる。




獣型の魔物との遭遇の後、注意しながら飛行をして、3匹ほど魔物を見かけた。

しかし、高度を上げて距離をとったり、迂回をすれば特に問題はなかった。


「いつもより魔物が多かった気がするなあ……。」

師匠と二人で菓子屋まで来ていたときには、いつも1~2匹くらいしか魔物はいなかったと思う。


「何かあったのかな。」

上の方に視線を向けるけれど、もう菓子屋のきれいな天井しか見えなかった。



「どうかしたのかい。」

菓子屋の店主が僕に声をかけてきた。

がっしりとした体格の男の人で、いつ来ても優しい目をしている。


「ああ、すみません。きれいな建物だからつい見ちゃって。

……ほら、僕が住んでいるのはもっとボロボロだから。」

なんだか意味ありげに上を見た僕の行動が恥ずかしいもののように思えてきて、思わず適当に言っちゃったけれど、嘘ではない。



こういうきれいな天井だったら、近くにあっても嫌な気分じゃない。

あの薄暗くて分厚い雲の真下を飛んだときと、気分は正反対だ。




店内を見回すと、店主の他に、僕よりちょっと背の高い女の子が並んだ菓子を吟味していた。

魔法使いや魔女が好んでかぶるとんがり帽子をかぶっている。

あの子もきっと、魔女か魔女見習いなんだろう。



そんなことよりと、僕もお使いを済ませるために並んでいる菓子たちを見た。


菓子屋には保存が利く菓子が多く並んでいる。

日持ちの短いケーキはほんの数切れだけだ。


お貴族様でもない限り、そんなに頻繁にケーキを食べることは難しい。

それに、日の当たる場所がとても少ないから、ケーキの材料もそんなにとれるわけではない。

だから、お祝いの時にようやく一切れをここで買って、みんなで食べたりする。


「今日はケーキがあと2切れか。

これって売れ残っちゃったりしないの?毎日が誰かのお祝いって訳でもないよね?」

店主さんの方に顔を向けて聞くと、店主さんは穏やかに笑っていた。

普段は師匠が隣にいて聞くことができなかったけれど、本当はいつも気になっていた。


「それはもちろん、売れ残ることもあるさ。

材料のこともあるし、かなり高い値段で売らせてもらっているからね。」


「それなら、もっと保存が利くものだけでもいいんじゃないかって思うんだけれど。

このカチカチなクッキーとかも、僕も師匠も大好きだよ。」

瓶詰めのクッキーを手に取る。

たまに師匠が一人でこっそり食べているやつだ。

むっとして抗議してみせれば、1枚分けてくれる。


「そうだね。その方が賢いと思うよ。

けれどね、ダグ君。私たち人間は、余裕を忘れてはいけないと思うんだ。」

穏やかな低い声が、僕の耳にすんなり入ってきた。


「人は生きたいから、仕事して、食べて、そし魔物と戦い続けている。

私たちはただ生きたいだけなのに、大変だ。それで手一杯になってしまうだろう。


しかし、それでは何のために生きているかわからないじゃあないか。

だから少し頑張ってみて、余裕を作るんだ。

そして楽しみをつかむ。

そうすれば、つかんだ楽しみは生きがいの一つになる。


ただ生きたいだけだった頃には力が出なかったことだって、生きがいができればもっと力がでて頑張れることもある。


このケーキは、きっと生きがいにできる。

私はね、ただ生きたいだけでなく、生きがいを持ってもっとみんなで頑張れるようにしたいんだよ。」

朗々と語る店主さんがなんだかかっこよく見えて仕方がなかった。



「店主さんがただ甘いものが好きでケーキも作ってるんだと思ってた。

だけどそうかも。

師匠はここのケーキが大好きだし、僕も好きだ。

このケーキは僕たちの生きがいなんだと思う。」

店主さんはただ甘いものに囲まれたくてお店を開いているんだと思っていた。

そんな想いがあることなんて、ちっとも考えやしなかった。




「私が探索家だった頃にね、甘いものに心を救われたことがあったのさ。」

店主さんはただ優しく微笑んで、うなずいていた。


「それじゃあ、ケーキを2つください。」

「えええええええ!!」




僕が店主さんにオーダーをすると、女の子の悲鳴が聞こえた。


悲鳴の方を見ると、あの魔女の帽子をかぶる女の子が絶望しきった顔をしている。


「あ……、ああ……、ごめんね。

その、大丈夫だよ。お使いかな?邪魔をしちゃったね。

私はお姉さんだから大丈夫。うん。お使いを続けて。」

しどろもどろになってそう言っているけれど、視線はずっとケーキの方だ。

女の子の黒髪の短いおさげがぶんぶんと、動揺を表現するみたいに揺れている。


「お姉さんももしかして、ケーキを買うつもりだった?」

お姉さんの顔が引きつる。

ばつが悪そうに、目線をケーキからはなしていた。


「そうなんだ。今日は、初めて攻略隊……、えっと、冒険が成功した記念でね。

といっても、すごい成果があったわけではなく、行って帰ってきただけなんだけれどね?


仲間がお金を少しずつくれて、ケーキを買って食べなさいって……。

ごめんね!こんなこと言われちゃ困るよね!!


君の方はお使いだろうし、私はただの自分用だから!買っちゃって……、うん、かっちゃ……。

……ふう。買っちゃってください。」

絶対に自分に言い聞かせている。

あの絶望しきった顔がコロコロと変わり、最終的には悟りを開いたようになっていた。

うっすら目元に涙がにじんでいるように見えるのは、多分何も言わない方がいいんだろう。





それより、攻略隊って言っていた?

もしかして、あの攻略隊!!


「お姉さん、今攻略隊って言った?

もしかしてお姉さんは、魔女で、雲の攻略隊なの?」

お姉さんの表情がまたコロコロ変わる。

ちょっぴり驚いたような表情をしたあと、自慢げな顔になった。

心なしか、胸も張っている気がする。


「そうだよ!この村の近くにある雲の攻略隊!

少し前に魔女見習いから卒業して、依頼もこなして、ようやく雲の攻略隊になれたんだ!」




雲の攻略隊。

それは、あの薄暗くて分厚い雲を攻略して、払う人たちだ。




詳しいことは師匠から聞いていない。というか、聞きたかったんだけれど、師匠が「雲の攻略の話は、魔法についてしっかり勉強してから。」と教えてくれないからよく知らない。


それでも、雲の中に入っていって、魔物たちを倒し、雲を消してくれる存在だって言うことはみんなが知っている常識だ。つまり、お姉さんは、僕たちの英雄の一人なんだ!



「すごいよ!僕、もっとでっかい青空を見たくて、だから攻略隊になりたいんだ!

といっても、まだ、初めてのお使いをする魔法使い見習いなんだけれ……ど……。」

攻略隊のお姉さんに比べて、初めてのお使いなんてしている自分が恥ずかしくてしょうがない気分になった。

実際に雲の魔物たちと戦うお姉さんや、お姉さんの仲間に比べたら、さっき獣型の魔物からようやく逃げた僕なんて、ひどくちっぽけな存在に思えた。


「魔法使いの初めてのお使いってことは12歳かな?私も12歳の時に初めてのお使いをしたよ。

あのときも大冒険だった!雲の攻略隊での初めての冒険と比べられないくらい!


魔法使いにとって、初めてのお使いは大切なこと。やっぱり、君がケーキを2つ買っちゃっていいよ。」

今度はお姉さんは、絶望の顔でも悟りの顔でもなく、笑顔でそう言った。


いつもの道、いつもの店で、さして大冒険とは思っていなかったけれど、そうか、僕は大冒険をしたのかもしれない。

魔物と一人で出会ったのは初めてだった。普通の子は、村から出ないから一人で魔物と出会ったりはしない。

雲の攻略隊とはやっぱり到底比べられるほどではないと思うけれど、僕は大冒険をしたんだ。




「ありがとう。だけど、ケーキは1つでいいよ。もう1つ分の余ったお金で別のものを買うから。

師匠はいつもお菓子とか独り占めしようとするんだ。

どうせ、今回のケーキ2つも、自分で両方食べるつもりだったに決まってる。」

そう、どうせいつも抗議しないと師匠が全部食べてしまうんだ。

ケーキを買うのは初めてだけれど、これだって一人で全部食べるつもりだったに決まってる。

それなら、雲の攻略隊のお姉さんが1切れ食べた方がいいはずだ。



お姉さんの顔がぱあっと明るくなった。

「いいの?ありがとう!私はリリカ!

君が将来、雲の攻略隊になったときにこの恩返しをするからね!」

リリカさんは僕の手を握ってぶんぶん振り回してから、店主さんにケーキをオーダーしていた。

店主さんがケーキの準備をしている間、リリカさんは鼻歌みたいなのを歌っている。

今にも踊り出しそうで、雲の攻略隊のお姉さんとは思えないくらいだった。



「それじゃあ!またね!!お使い、気をつけて!!」

店主さんに包んでもらったケーキを大事そうに持って、リリカさんはまた手を振り、お店から去って行った。




「すごい人だったなあ。」

色んな意味で。ぼそっとつぶやくと、店主さんの顔もちょっぴり苦笑い気味だった気がした。



「えっと、ケーキが1つと、あとクッキーが1つ。……他は、うーん、お金がちょっと足りないか。

以上でお願いします。」

ケーキよりは他の菓子の方が安いけれど、2つ買うことができるほどではなかった。

ただ、お使いは元々ケーキ2つだったんだし、ケーキ1つとクッキー1つで合計2つということでもいいだろう。

僕が一人でうなずいていると、店主さんがクッキーをもう1つ、棚からとってきた。


「これは私からのお祝いだよ。魔法使い見習い、初めてのお使いの記念に。

代わりに、君が魔法使いになったときの祝いのケーキはここで買ってくれると嬉しいな。」

そう言って、店主さんが僕にクッキーを持たせてくれた。


なんだかくすぐったい気分だ。


お使いなんて、たいしたことないと思っていたけれど。

店主さんもリリカさんも、大切にしてくれる。


「ありがとう!絶対に買いに来るよ!」


ケーキとクッキーを持って店から出る。

後は30分かけて飛行魔法で師匠のところに戻るだけ。

僕の冒険は、いつもの道でのあと30分でおしまいだ。


ふと見上げる。


この隣村の上にも小さなちいさな青空がある。

「どうせ30分なら、もっと、冒険みたいな30分がいいな。」




飛行魔法を発動した。

ぐんぐんと高度を上げる。


あの薄暗い雲が僕の隣まで来た。



もっとだ。もっと高度を上げるんだ。


ホウキがさらに上がる。雲を追い越す。




あの雲より上に、僕は今いる。


前を向いた。

青空だ。



僕は、大きなおおきな青空の中にいた。






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