薄暗くて分厚い雲の下で①
――――――――僕たちは小さなちいさな青空に縋っている。
「おい、ぼーっとしてんじゃねえ!!話は聞いてたのか!!ダグ!!」
師匠の怒鳴り声に、はっと視線を動かす。
長い長い師匠の説明に飽き飽きして、つい窓に目が行ってしまったが、当然ばれていた。
僕はダグ。
師匠の元で魔法について教わり始めてから、今年で3年目の魔法使い見習いだ。
そしてここは、僕と師匠が暮らすリューネル村の外れにあるおんぼろ小屋。
「すみませんでした。師匠。」
師匠の名前はフレア。僕の魔法の師匠で、立派な魔女だ。
もう何年も魔女として活躍しているらしいが、年齢について聞くと怒るので、よく知らない。
真っ赤な髪と猫みたいに強気な瞳できれいな人だと思うけれど、結構荒いところがあって、この性格でよく魔女ができるなと思っている。
「おいこら、なんだその目は?ウチが淑やかなレディじゃないとでも言いたげだな。」
やっぱりばれていたらしい。
「魔女をやっていて、淑やかなレディはできないと思うけれど。
むしろ、師匠が立派な魔女だってことが驚きだよ。」
つい本音が漏れた。
とはいえ、黙っていても、何か言いたげだなと言うような人なので、これでいいんだと思う。
「ウチには積み上げてきた実力があるから、多少大胆なことをしても問題ないんだよ。
むしろ、いざって時は思い切りがいいくらいでちょうどいいもんだ。
だがお前は、まだ見習い!それも今日が初めてのお使いをするような見習いも見習いじゃねえか!
ウチ抜きで村から出たこともないようなガキは、慎重に慎重を重ねてようやく半人前以下なんだよ!」
そう、僕は今日、初めて僕たちが住むリューネル村の外に一人で行くんだ。
――――――――
世界は雲に覆われている。
雲の中には魔物が住んでいるらしい。
だからか、ときどき雲から魔物が降ってくる。
まるで魔物の雨だ。
そのため、雲の真下は魔物が歩く危険な土地で、僕たちは小さなちいさな雲の隙間の青空の下に村を作って生活をしている。
魔物が上から降ってこないし、日の光に当たる場所だと魔物が少し弱くなるからだ。
こんな風に、村の外は危険だから基本的に村から人間が出ることはないんだけれど、もちろん例外もある。
そんな例外の一つが、魔法使い・魔女と呼ばれる人たちだ。
昔むかしの平和だったという頃は「魔法」なんてものはなかったらしい。
そんなつまらない世界は考えられないけれど、魔法の成り立ちを考えれば当然だ。
魔法は「魔物たちが使う特殊技術を人間が使えるようにした技術」だから。
そして、魔法使い・魔女とは魔物たちについて研究して、人間の技術にする人や、そんな研究を元に魔法を使う人のこと。
魔法を研究し、使うことができる僕たちは、魔物への多少の対抗ができるため、村の外にも出られる。
――――――
「もちろん、慎重にするよ。師匠にも散々言われたし。
お使いが終わった後にまた説教もされたくないから。」
もう怒られたくないし、にっこり笑って見せて師匠にそう言ったけれど、師匠は大きなため息をついた。
「お使いから立派に帰ってくることができりゃ、説教しないでやるよ。」
そう言いながら眉間にしわが寄って頭を抱える師匠がちょっと面白い。
師匠から魔法を学び始めたのは10歳のころ。
もう3年目で僕は12歳だ。今日のお使いの場所には師匠と何度か行ったことがあるし、そこまでの道では魔物だってほとんど見かけない。
いつも何かと荒い師匠が心配しすぎていることにちょっと笑いそうになった。
「じゃあ、今日は説教なしだ!行ってくるから、楽しみに待っててよ!」
リューネル村の外れにある、古びた小屋。
師匠の研究所であり、僕が魔法の修行をしているこの場所で。
僕はホウキを手にしながら、飛行魔法を発動した。
魔方陣が輝くホウキにまたがる。
「行ってきます!」
手を振る僕の目に、今までで一番かもしれないくらいの真面目な顔の師匠が映った。
「使いの品はなくしちまってもいい。また行けばいいんだ。
帰ってくることが一番の任務だってことを忘れんなよ。」
「うん。」
師匠につられて、僕の顔も真面目になってたのかもしれない。
師匠の表情がようやく柔らかくなって、いってらっしゃいと言ってくれた。
ブワッと顔が熱くなる。
「あっはっは!!顔が真っ赤じゃねえか!ぼくちゃん?」
「もう!!行ってくるから!!」
もう師匠の顔なんて見ないで、ホウキを飛ばし始めた。
顔が熱い。師匠ってあんなにきれいな人だっけ?
いや、うん、元からきれいな人ではあった。
あんな表情の師匠も初めて見たかもしれない。
いや、違う違う、師匠は大ざっぱでがさつな人だ。
ほら、今もぎゃはぎゃはと大声で笑っていて、まだ聞こえている。
そうだ、がさつで荒い人なんだ。
師匠の悪口を心の中で唱えているとようやく顔の熱が引いた気がする。
魔法使いは冷静さが大切だ。
魔法の扱いを間違えたら危ないと師匠に何度も言われた。
そうしてようやく、今使っている飛行魔法の制御に意識を向けることにした。
飛行魔法は、魔法使いにとっての必須能力だ。
なぜなら、多くの魔法使いが戦闘能力には乏しいから。
研究が基本だから、剣とかを使うようなからだ作りができていない。
魔法で攻撃できたらいいんだけれど、現在、人間単体で攻撃ができるような魔法は発見されていないそうだ。
魔法で戦えないって言われたのがつまらなくて、師匠の話をよく聞いていなかったら何でかは覚えていないけれど。
とにかく、僕が魔法でできることは、飛行魔法で素早く移動することと防御すること。
疲れ切ってしまう前に、お使いを済ませる必要があるから、飛行魔法だってしっかり制御して、無駄な体力を使わないようにしないといけない。
「お使いの菓子屋さんまで、この方角で30分くらいだったはず。」
目的地の菓子屋は、隣村にある。
地上には魔物がいるから、地上からはある程度高いところで飛行し続ける。
遮蔽物も何もないから、方角だけ気をつけてまっすぐ行けばいい。
稀に飛行能力を持つ魔物もいるけれど、奴らは低い高度でしか飛ぶことができないから、それよりは高ければ安全だ。
「まあ、あの雲が近いのは嫌だけど。」
見上げながら、ぽろっとこぼれた。
あの雲の上は全部青空らしい。
あの雲の上を、青空の中を飛ぶことができたら、絶対に気持ちいいのに。
雲の上だと、方角を間違えてもわからないから雲の下を飛ぶように言われていた。
飛んではいるけれど、雲の下。
そのせいでいつもより雲が近くて、息が詰まりそうだった。
―――グルルルル……
「唸り声?」
思わず声にだしてしまった。
地上を見る。
「魔物だ!!!」
進行方向に獣型の魔物だ。方角を少し変えてホウキの速度を上げる。
魔物も速い。
後ろを見てみる。
距離を離せていない。
「どうしよう。どうしたっけ。」
師匠とこの道を通ったときだって、こんなやつはいたはずだ。
でも、何をしていたか思い出せない。
もう一度後ろを見たとき、魔物の口が大きく開いているのが見えた。
「ぼ、防御魔法だ!!」
攻撃されるってわかって、とっさに防御魔法が発動できた。
魔方陣が光り、魔法が組み立てられた瞬間に魔物の音波攻撃が放たれた。
防御魔法との衝突によって爆発する。
その隙に、雲の真下ギリギリまで高度を上げた。
魔物の攻撃が届かないくらいまで行けばいいはずだ。
「魔物は……?」
下を見ると魔物はこちらをしばらくじっと見ていたが、ふいっと視線が外れた。
どこかに行くらしい。
「はあああああぁぁぁぁ」
ホウキの上で大きく息をつく。
ここが地面だったら多分寝転んでたと思う。
このあたりの魔物はそんなに強くないから、僕みたいな魔法使い見習いの防御魔法でも防ぐことができるし、ある程度距離をとれば、こちらへの攻撃だってできない。
師匠といる時はきちんと覚えていたのに、さっきは頭からすっぽり抜けてしまっていた。
「こんなのじゃ、また師匠に笑われるよ。」
さっきの師匠のぎゃはぎゃはという大きな笑い声が頭をよぎる。
「うわっ。」
強めの風が吹いて、ホウキが流されるところだった。
雲の真下くらいの高度だと、魔物が頭上近くから降ってきて対応がとてもできないし、風も地上より強くて操縦難易度が上がる。
危険が去ったら、すぐに高度を下げなければならない。
また元の高度に戻し、菓子屋に向かい始めた。




