サバとチョコレート2
「シャアアアア」
波の音で我に返った。海神が俺のほうを見つめている。
「海神殿がもっと食べたいとおっしゃっておる。準備できるか?」
サバオが言った。さすがに緊張していたのか、額に冷や汗が浮かんでいる。
「あと九十九匹あるって伝えてくれるか」
「よかろう。いたくお気に召されたようじゃ」
パントリーに戻り、急いでおかわりの準備をした。あの体だ。これだけの量を持ってきておいてよかった。
そのからはずっと、俺が作り、サバオがそれを運び続けた。さすがサバオの上司とでもいおうか、海神の食欲はとどまるところを知らず、サバをすべて出し切った頃には、東の空が白んでいた。
「シャアアーア」
「『ごちそうさま』とのことだ」
「わかるよ。あのさ、食べてくれてありがとうって伝えてくれるか」
「難しい発音をさせようとするのう」
サバオが咳払いをして、波音をまねた気色の悪い声を出した。
その様子も声もおもしろくて、久しぶりに声を出して思いきり笑った。
すべてを食べ終わった海神は大きく一度咆哮し、また窓ガラスをぶちやぶり、明け方の海へと飛び立っていった。
われたガラスを、ふたたび船霊神が直すらしい。
すべてが終わり、その場にあったソファにどさりと腰掛けた。
「うまくいったな」
それなりに緊張していたらしいサバオが、となりにどさっと腰かける。
「なんとかな」
「して、ぬしの舌は戻ったのか?」
戻ったという確信はあったが、まだ試してはいなかった。
ひとつだけ、海神に出さなかったサバチョコレートが残っていた。
テーブルにあったスプーンを使い、そっとひとくちすくう。
目を閉じて、一気に口のなかに入れた。
食べ慣れたサバの味の上から、とろりとした食感とともに、チョコレートのかおりが広がる。
甘さの奥の、わずかな苦さ。ミルクのやわらかい口当たり。
これが、俺のチョコレートだ。
「おいしい」
「そうか。よかったの」
「この世にはこんなにおいしいものがあったんだな」
「大げさじゃのう」
「誰のせいだよ」
ぐでんとソファに横になる。緊張でせき止められていた疲れが、全身に一気にあふれ出す。
「おいサバオ」
「なんじゃ」
「いろいろ、ごめん」
サバオが目だけでこっちを向いた。おもしろがるような表情だ。
「ふむ」
「ふむじゃねーよ」
「もとはといえば、わしの間違いじゃ。ぬしが謝る道理はなかろう」
「そこじゃねーよ。お前、俺に会う前からずっと、俺の作ったもの食べてくれてただろ」
終わったら、ちゃんと言おうと思っていた。口にするならいまだと思う。
「ありがとう」
「......ふむ」
「ふむじゃねーって」
「ふむふむふむ」
ふふっと笑った。サバオも笑う。
「して、海神殿がさり際に言うておったが、来年もまた食べたいそうじゃ」
「勘弁してくれ」
「今年よりうまいものをご所望らしい。またぬしと作らねばならんかな」
「本当にそう言ってたのか? お前が食べたいだけじゃないのか?」
「言うておった。わしに毎日菓子を作らねば、ぬしを石にするとも言うておった」
「それは絶対いってねー」
でも。またこいつとお菓子を作るのも、悪くはないのかもしれない。
「年に一回ぐらいならいいよ。毎晩やるのはもう卒業」
「無念じゃ。舌を戻さん方がよかったか」
「縁起でもないこというなよお前」
窓から朝日が差し込んでくる。部屋が金色に染まり始める。




