表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/62

モップで

「関係者用だぞ!入っていいのか!?」


「わしは神じゃ。問題なかろう」


「お前、俺は人間なんだってことすぐ忘れるよな」


「そもそもそれが発端だからの」




神と一緒だから大丈夫だというサバオの言葉を信じ、どきどきしながらサバオのあとをついていく。




これは、大丈夫なのか?




なんだかいま、とんでもないことをしているのでは?




「毎度とはいえ、面倒じゃの」




俺の緊張をよそに、サバオは迷わず非常階段へと向かう。下に行くのかと思いきや、どんどん上に登っていく。




「おいここ最上階だろ? 上になにかあるのか?」


「上というより外じゃ。そう焦るな」




無骨な鉄のドアを開けると、びゅうびゅうと風が吹いてきた。初夏の暑さを吹き飛ばすほど、冷たくて強い風。


はっきり言えば寒い。




「おい......風が.......」




口を開くと、強風が口のなかに飛び込んでくる。すべてが風の音でかき消される。


唯一聞こえるのはこの小さな屋上で、俺たちが鉄板を踏むカツーンカツーンという耳障りな音だけだ。




声を出すのも難しいなか、サバオがこちらに向かって口をぱくぱくさせた。指さしたさきに、ビルの窓を外から拭くためのゴンドラがある。




あ・れ・に・の・る。




サバオの口が確かにそう動いた。




な・ん・で・だ・よ。




こちらも口をぱくぱく動かす。サバオは怪訝な顔をして、首をふった。伝わらなかったらしい。




屋上から突き出たアームに、ゴンドラが吊り下げられている。サバオがささっとゴンドラに乗る。俺があとから乗り込むと、こなれた操作でゴンドラを下にさげ始めた。




ゴンドラに乗り、距離が近くなったことで、サバオと話しやすくなった。腹からの大声で呼びかける。




「どこ行くんだ!?」


「起こしに行く!」




起こし行くって、どうやって?と思ったとき、ふと気づいた。


横浜にある程度住んでいる人なら、インターコンチネンタルホテルの「女神」について、一度は聞いたことがある。




三十一階立てのこのホテルの最上階には、羽根のはえた巨大な女神像がある。


人が到底立ち入れない、壁のくぼみにある銅像だがあまりに巨大で、地上からでもはっきりその姿がわかるほどだ。




海を見守る守護神の像だと聞いたことがあるが、それはつまり......。




「おい、海神ってもしかしてここの女神像のことか!?」


「ぬし、いまごろ気づいたのか!?」


「わかるかよ!あとなんでそんなに毎回説明があとなんだよ!」


「横浜の海神といえばこれしかなかろう!この像に宿っておられるんじゃ!」




ゴンドラがするすると降りていく。何気なく下を見ると、色とりどりに光る観覧車、オレンジにライトアップされた赤レンガ倉庫、少し離れた場所で格式高くたたずむ清風亭までがはっきり見えた。




夜景とは、安全な場所で見るからきれいなのであって、足元ゆれるゴンドラに乗って降りるときには、むしろ恐怖の対象となる。


俺はこのとき発症した重度の高所恐怖症を、その後も持ち続けることになった。




足をガクガクさせながら、必死に手すりにつかまる。ゴンドラはさらにくだり、女神像の顔面の前で止まった。


雨風を受けながら、横浜の海を見守り続けてきたブロンズ像は、体中をまだらに汚しながらも、きりっとした表情で太平洋の向こうを見つめている。




下から見たことはあったが、間近で見ると畏れを感じるほど大きかった。身の丈だけでも三メートル、いや四メートルはあるだろうか。




いつの間にか、サバオが大きなモップを手にしていた。業務用で使う、柄の長いモップだ。それを竹槍のように両手でかまえる。




「えいやああ!」




奇声をあげて、サバオが女神像の鼻の穴にモップをつっこんだ。


神をも恐れぬ所業だと思ったが、こいつもまた残念ながら神である。




「シャアアアアア、シャアアアアア」




女神の口がゆっくり開き、この世のものとは思われぬ声が漏れ出した。


小さな音を無数に重ねた、耳に心地がよい音。しかし、わずかな恐ろしさも感じさせる音。これは.......。




「波の音?」


「そうじゃ!生まれたときより神である海神殿は、人語を介さぬ!いまのは『まだねむい』という意味じゃ!」




女神がまだねむいと咆哮するたび、サバオが鼻にモップをつっこんだ。それを五回ほど繰り返すと、女神がけだるそうに目を開けた。


白目しかないブロンズの目が細くなり、俺たちをじっと見下ろした。威厳という言葉がぴったり当てはまる恐ろしさがある。




「急げ!ゴンドラをあげるぞ!」




女神が両目をかっと開いた瞬間、サバオが大急ぎでゴンドラを上昇させた。




ゴンドラがあがると、下から突風がふいた。




立っていられないほどの風は、女神のはばたく両翼から吹いてきたものだった。ふたつのブロンズの翼を力強く動かしながら、女神が夜空に飛び立っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ