十七時
きっかけは、「その日」の三日前だった。
何十回目かわからない試作のサバチョコレートをひとくち食べ、サバオはいけると太鼓判を押した。
そこから「かなりおいしいから百匹分あった方がいい」などとむちゃくちゃなオーダーをされ、反論するのも面倒で俺は無言で従った。
においはひどく、作業は果てしない。
それでも三日間、ほぼ眠らずに、サバオとともに風呂の浴槽いっぱいほどのサバを処理し続けた。
そして結局。
俺は、海神のところにも、先輩の提案会にも行けないままで、いまここにいる。
目覚めたときは、なにが起きたのかわからなかった。
体を動かそうとしても、胃のさらに奥の方にべっとり貼りついた疲れのせいで、体のどこも動かせない。
死ぬほど眠いのに、もう一度眠る体力がない。
なにもわからないままぼんやり目を開けているうちに、自分はベッドの上に寝かされているのだと気がついた。
けれど、それがどういうことなのか、考えることもできなかった。
「起きました?」
聞き慣れた声がした。
上から晴人がひょいとのぞきこむ。
「そのまま寝ててください」
「......ここ」
どこ、と言う元気がなくて省略した。
体のなかに、使えるエネルギーがなにもないことが感覚でわかる。
「病院です。倒れたんですよ、一新さん」
見慣れない白い天井、カーテンで仕切られたベッド。
腕には、点滴が打たれている。
嘘ではないとすぐにわかった。
けれど、まったく思い出せなかった。最後の記憶は、取材日の早朝に馬車道でサバオと黙々とサバの処理をしていたところだ。
「今朝、出勤してすぐに倒れました。清風亭の厨房で吐きながら」
最後の言葉がはっきり頭に染み込んだ。
料理人として、もっともやってはいけないことをやってしまった。
いまごろ、ただでさえ忙しい他の同僚たちが、必死で消毒しているだろう。
その場にあった食材は、すべて廃棄の作り直し。
今日の営業も、果たして無事にできたのだろうか。
「ごめん......」
「大丈夫ですよ。感染症でもないですし。あと最後の理性なのか、一番端のシンクに走って吐いてました。一新さんのプロ意識を感じました」
晴人の冗談交じりの説明を聞きながら、いろんなことを思い出す。
今日は本当なら朝から取材を受けて、夕方からサバオの神社か、先輩の提案会のどちらかに......。
「いま、何時?」
「十七時です」
日が落ちるのは十九時頃。
提案会も十九時頃。
「俺、清風亭戻る!」




