馬車道2
少し考えてから、サバオに言った。
「......いや、行くよ。ここで諦めるのもおかしいし」
「よかろう。ならば舌を戻すため以外のことは、いまはやるな。新作とやらもわしが禁ずる」
「なんでお前に禁じられなきゃなんねーんだよ」
「神だからじゃ。神は禁じるのがなにかと好きじゃ」
「人はやぶるのがなにかと好きなんだよ」
「知っておる。だが、許さん」
サバオは口ぶりこそ飄々としていたが、目つきは真剣だった。
こいつのこんなところは、初めて見た。
「納得いかぬだろうが、生きていれば『しかたない』こともある。いまは、なすべきことに専念せよ」
「いきなり神みたいなこと言いやがって」
「わしはずっと神......」
「うるせーんだって!」
自分の怒鳴り声が、厨房の壁に当たってはね返る。怒りで頭がガンガンする。
「なんなんだよ!急に現れて、間違えたとか言ってこっちの人生めちゃめちゃにして、やっとうまくいき始めたと思ったら禁ずるだのなんだの言って、そもそもお前のせいじゃねーか!」
ずっと腹にたまっていたものが、どばっと出てきて止まらない。
「俺が作ってるときだって、お前はのんびり食ってるだけだったもんな!考えるのも俺、準備するのだって俺、責任とるのだって俺じゃねーか!なんの努力もしてねーくせに、えらそうな口だけ叩くなよ!」
こいつだって結局、俺を、俺の努力をわかってくれないやつのひとりだ。
もっと追い込まないと。もっと上を目指さないと。
そういう努力を否定して、足ひっぱって、俺を邪魔する半端者。
しかたないで、すべてを済ませてしまうやつだ。
「ぬしを神と間違えたことについてはすまぬ」
俺にどれだけ怒鳴られても、サバオの表情は変わらなかった。なにかを案じるような目で俺を見る。
「わしが菓子が作れたら、できることもあっただろうが。わしは神じゃ。菓子は作れん」
「......」
「ぬしに負担をかけたのは申し訳ない。今日は安め。今日に限らず、少し休むがよかろう」
時間ないんじゃねーのかよ、と思ったが言わなかった。
わざとガシャンと音を立て、汚れたボールをシンクに投げる。
「海神殿が来られるのが、来月の新月の晩に決まった。日の入りとともに、海に出る」
「海?」
「海神じゃからの。すべてわしが手配する。ぬしはその日の太陽が落ちるまでに、供えものを持ち、神社に来い。遅れたら願いは叶わぬと思え」
わざと返事はしなかった。
どれもこれも、お前のせいだろ。
えらそうに、わかったように言うんじゃねーよ。
「それから、ひとつ言うておこう。黄泉の国に行く方法は、海神殿に送られるだけでないぞ」
「どういうことだよ」
「人の子ならば、星の数ほど方法がある。最近のぬしのチョコレートには、黄泉のにおいがついておる」
サバオはそれ以上は言わず、厨房の地下トンネルへ潜っていった。神社に登っていく足音だけが、ひとりの厨房に響いていた。




