馬車道
「また違う新作をつくるのか!?」
馬車道の厨房でことの次第を伝えたら、なにごとにも動じないサバオが大声を出したのでこちらが驚いた。
「サバチョコレートは看板メニューって感じじゃないだろ。だから、どうしても新作が必要で......」
「そこではない。ぬし、自分の状況をわかっておるのか?」
「わかってるよ。お前にカン違いされて舌が狂った」
「それを治すために半年ちかく、せっせと努力をしてきたわけじゃ」
「お前はお菓子食べてただけだろ」
「わしではなくて、ぬしのことじゃ」
もちろんわしもじゃ、とサバオがこそっとつけ加える。
「心配しなくてもなんとかなるって。思いついたんだけど、チョコソースをかけるチキン料理があるだろ。それをサバでも......」
「ぬしは、舌を取り戻したくないのではないか?」
サバオが腕組みをして俺を見た。やけに真剣な顔つきだ。
「......そんなわけないだろ」
「いや、ある」
「ないね」
「いや、ある」
「うるせーよ。さっさとやろう。今日は新作のほうから......」
「前々からおかしいと思っておった」
サバオが落ち着いた声で言う。
「深刻に悩んでいれば、仕事よりこちらを優先するはずじゃ。ぬしは、最初のタルトが完成したころから、舌を戻すのを怖がっておる」
こいつ、人の気持ちが全然わからないと見せかけて、いやなとこだけ見てやがる。
「んなわけねーだろ」
「いや、ある」
「ないね」
「いや、ある」
「もういいって!」
つい大声を出した。ずっと一緒にいたサバオにばれていたのがきつかった。
「人の子はややこしいからの。ぬしがどんな変化があったかはなんでもよい」
「だったらいちいち騒がないでくれよ!」
「だめじゃ。ぬしはわかっておらぬ。海神殿が戻してくれなかったら、お前の舌は一生治らんぞ」
「わかってるよ。だからこうやってお供えものを......」
「そして供えものがお気に召さねば、黄泉の国に送られる。ぬしは行ったことがないじゃろう。わしはある。そこから神になったからな」
サバオの表情に、いつもの気楽さはなかった。
「くわしいことを話すとねたばれになるので伏せる。ひとつ言えるのは、ぬしがいま黄泉の国に行くのは勧められん」
「いまじゃなくても勧めないでくれよ」
「確実にあそこに行かないためには、そもそも海神になにも頼まないのが一番よい。つまり、いまこの場であきらめるということじゃ」
失敗して取り返しがつかなくなるなら、最初からやらない方がいいということか。
いまこの場であきらめる。
それが一番、リスクがなくて、余裕もできる。
一生、この舌と付き合うことになるだけだ。




