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小夜さん2

ひらめいたとでもいうのか、ここ最近聞いていた話がつながっていく。




「小夜さん、それパティシエは誰になる予定なんです?」




俺の質問に、ずっと完璧だった小夜さんの笑顔が一瞬崩れた。


すぐにぱっと表情を戻し、唇にそっと指をあてる。




「秘密です。オープンしたら、皆さんもぜひ来てくださいね」




取材で質問したいことがあると言ったら、小夜さんはすぐに時間を作ってくれた。ひまだからやることがある方が助かりますと自嘲気味に笑う。




職場でする話ではないと思ったので、散歩を言いわけに清風亭の目の前にある山下公園に連れ出した。




海沿いの大きな公園は、子連れやカップルでにぎわっている。


春先に吹く、ほんの少し磯のにおいをふくめた暖かい潮風が、ゆっくりと吹いている。




「俺、休憩終わるからすぐ戻らなきゃで。だから単刀直入に聞くんですけど」




聞いていいのかわからなかった。本来ならこの人ではなく、先輩に聞くことだろう。




でも、いますぐ確認したくてしかたがない。




「小夜さんたちが誘ってるパティシエって七星さんですよね?」


「そうですよ」




あっさり答えられて拍子抜けした。もっと隠されるものと思っていた。




「本来はこういうのは裏でやることですけど。ちょうどいいから話しちゃいます」


「ちょうどいい?」


「一新さんもお声がけしようと思ってたんです。七星さんと一緒にお店やりません?」




いつもにこにことほがらかな小夜さんの顔から、笑みが消えた。まっすぐに目をみすえられる。




「七星さんって、人を選ぶ性格だと思うんですよ。実力も経験もあるし、広告塔としては最高ですけど。少人数の店でうまくやれるか、けっこうあやしくないですか?」




先輩の名誉のために否定したかったが、残念ながら言っていることには共感できた。




人が少ない小さい店では、人間関係で失敗ができない。


ある意味で不器用ともいえる先輩が、小さい店でどこまでできるのかは俺にもわからなかった。




「ふたりで話してるところ見て、一新さんいけそうだなって思ったんですよ。七星さんも一新さんのこと気に入ってそうだし。そう思いません?」


「......俺のこと、七星さんはなんて言ってるんですか?」


「そもそも本人が決めかねているので、そこまでは。いっそ、一新さんから説得してみませんか?」


「俺からですか?」


「うちは給料いいし、料理への口出しも少ないし、かなりいい話だと思うんですけど」




あっけからんと言われたせいで、逆に信用できそうだった。


と同時に、前に会ったときには気づかなかった不気味さを小夜さんに感じる。




こういう仕事のやらせ方があったのか。


思っていたやり方とは違ったが、先輩にむちゃな仕事を引き受けさせたのは、やっぱりこの人なのかもしれない。




「俺、七星さんを引き留めようと思ってたんですけど」


「なるほどです。でも、一新さんからしたら働く場所が変わるだけで、一緒に働けるのには変わりないですよね。待遇がよくなるだけです」




小夜さんが両手をさっと広げてみせた。だってそうでしょ?と言わんばかりだ。




反論ができなかった。さっきまで一度も考えたことがなかった選択肢に心がゆらぐ。




清風亭をやめて、先輩と一緒にお店をやる?




願ったりかなったりのように思える。清風亭はいい職場だが、一生いるわけではない。


自分でゼロから店を開くのはリスクがあるし、雇われてチャレンジができるならうまい話なんじゃないか?




でも、先輩はどう思ってるんだ?




「一新さん、お時間そろそろじゃないですか?」


「......」


「答えは今度で大丈夫ですよ!一度、七星さんと話されてみては?」




最初から、俺が迷うのを見越していたような口ぶりだった。


あ、それから、と小夜さんが付け加える。顔に浮かんでいるのはいつもの笑顔だ。




「うちの店でパティシエとして働くにあたって、不安なことがあったらなんでも先に言ってください!信頼は、最初が肝心ですから!」




気づかいで言ったのはわかっていた。悪気がないのもわかる。けれど、いまの俺には違う意味に聞こえていた。




舌を取り戻さなければ、すべてがなくなってしまう。そのことを突きつけられた気がした。




残された時間はあと少し。


絶対に、絶対に成功させなければいけない。

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