小夜さん
一向に湧いてこない食欲を奮い立たせながら社員食堂へ行くと、大きなカメラをかまえた集団がいた。
食堂にいる全員が、気にしないふりをしながら、ちらちらとその集団に目を向けている。
例の取材が始まったのか。
人影で見えないが、カメラを向けられているのは先輩だろう。
背伸びをして見ようとしたら、カメラを遠巻きに見守っていた女の子が、俺に向かって手をあげた。
小夜さんだ。
「お久しぶりです、一新さん」
机の間を抜けてこちらまで来た小夜さんが、にこっと言った。ホール中の同僚たちの視線を感じる。他のパティシエたちと晴人の姿もある。
ここで話すべきか、出るべきか。迷ったが、出るほどでもないと思い直してあいさつを返した。
「お久しぶりです。取材、始まったんですね」
「少し前に。一新さんの撮影はもう少し先です」
小夜さんいわく、毎日申し訳ないぐらいカメラが先輩を付け回しているらしい。
朝から晩まで撮るくせに、使うのはほんの少しなんですよと困り顔で説明する。
「一新さん、よければ一緒にランチどうですか?」
「撮影は大丈夫なんですか?」
「私は見ているだけで。というより」
小夜さんが胸の前で両手をあわせ、頼むようなポーズを取る。
「お腹が空いてて。一新さんと食べれば打ち合わせだと思われるから、いま堂々と食べられるんです」
日替わりのサバ定食を受け取り、小夜さんと一緒に、目の端でこっそり追い続けていた晴人の隣に席を取った。
「こちら、取材担当の小夜さん。こっちが俺の同僚です」
「一緒に食べてもいいですか?お邪魔しちゃってすみません!」
晴人をふくめた全員が、口々にどうぞと言った。
同じことを繰り返す職場にさっそうとあらわれた小夜さんに、テーブル中が色めき立っている。
「高級ホテルの社員食堂って、こんな感じなんですね!初めて来たから楽しいです」
ゲストが出入りする場所とは違い、社員しか使わない食堂は、蛍光灯の下に安い机が並んだだけの場所だ。
楽しいという言葉がまったく似合わないここで、その言葉を正面から言える小夜さんに営業としてのプライドを感じる。
「小夜さんと、一新は知り合いなの?」
誰かが小夜さんに聞いた。なんだか場の空気が浮ついている。
こいつら、俺がいないときに絶対いらない話していたな。
「撮影のことで。俺ちょっとだけ出るからさ」
事情を知っているパティスリー部門以外の全員が、驚いた顔をした。あまり親しくないシェフ部の先輩が、いいなあと漏らして何気なく言った。
「ラッキーだな、一新」
俺がなにか言う前に、横から小夜さんが口を出した。
「一新さん、本当すごいんですよ!私、ファンになっちゃって」
言うタイミング。ファンというワード。
にやつく同僚たちを見て、小夜さんとふたりでランチを食べればよかったと後悔した。この先半年はみんなにこれでいじられるだろう。
サバに強く興味をひかれたふりをしてうつむく俺をよそに、小夜さんは一瞬で場に馴染んでいる。
「うちの会社は宣伝が仕事なんですけど、いま自分たちでもお店を持とうとしてるんです。だからこうして、皆さんとお話できるのはすごく勉強になります!」
初耳だった。飲食業以外の会社が、店をやるのは珍しくはない。
ただ、その場合は土地を持っているところ、本業がもうかっているところが利益度外視でやることが多い。
これまで聞いた話では、小夜さんの会社はそのどちらでもないように見えた。
「どういう種類の店なんですか?」
晴人が聞く。
「イートイン付きのパティスリーです。社長が大好きなんですよ。本気で『百年続く老舗を作る』って言ってます」
自分の夢が、自分だけのものではなかったことに、妙な悔しさがこみ上げた。ショックといった方が正しいかもしれない。
当たり前のことだが、自分以外に同じことを考える人はこの世にいる。わかってはいても突きつけられると、自分の小ささを自覚する。
でも、そもそも。心のなかで自分をなぐさめる。
先輩だって俺と同じものに影響を受けて、俺と似たような夢を持ってるし。それで、俺より進んでるわけだし。
ぱちん、と頭のなかで音がした。




