海神について2
「古い友神いわく、頼めるのは一度と思えとのことじゃ」
失敗したら、一生このままということか。もともと次があると思っていたわけではないが、背筋は冷える。
「海神殿は同じ話をされるのがきらいだそうじゃ。二度も頼めば海に沈められると考えよと」
「犯罪組織みたいだな」
「わしはいつ会っても同じ話をしていたから、嫌われていた理由がやっとわかった」
海神にわずかに同情した。話が通じない部下を持って気の毒だ。
「帰って来るまであと三ヶ月ちょっとだっけ?」
「左様。くわしい日取りと場所は、ひとつきほど前にわかるじゃろう」
「了解」
想像以上に追い込まれている。
見たことがないゲストに向けて、たった一回、作りきったものを出さねばならない。
「ひりついてきたな。じゃあ早速いまからサバチョコレートでも作るか」
「やっとやる気になったか」
「ずっとやる気だよ。準備に余念がなかっただけで」
「それは何より。では気合が入ったところで、まずは先日行ったオーシャンビューカフェに行ってみないか?鴉神から、夏の新作デザートが出たと聞いた」
「調子のんな。二度とお前は連れてかねーよ」
プレッシャーはあるものの、はっきりした目標ができたことでやる気が湧いた。
むしろ、これが本来すべきことだったのだ。
さっさと舌を治さないと、いまの仕事も先輩のことも、未来の店も、なにも話が進まない。サバオに言われたからではないが、気合を入れる必要がある。
自分の実力が追いついているかどうかは問題ではない。
なにかを作れるようになるには、作るしかないのだ。
「サバオ、海神が特に好きなサバとか知らないのか?」
「んー」
サバオが腕を組んで天井を見上げる。
「昔聞いたことがあるのは、群れで暮らすサバが好きだと言っておった」
「群れ?」
「サバは群れで暮らすんじゃ。その方が長生きできるからの。でも、たまに群れを出てひとりで生きようとするやつがいて、そういうサバは、早死にする」
「海神は、その群れのサバの方が好きってことか?」
「そうじゃの。ただこれは、海のなかでは群れている方が一気に食べられるという意味かもしれん」
狩りの好みを聞かされてもどうしようもない。でもとにかく、海の幸が好きということはわかった。サバが好きでこだわりがある食材なのも本当らしい。
「よし、今回はチョコレートよりサバをメインにしよう。海神様にはその方がいい」
チョコレートは、主役として使われることが多い。人気があるし、チョコレート味と書かれていればだいたいの人はチョコの味が強いことを期待する。
が、今回はあえてそれを崩してやる。パティシエとしては思うところはあるが、食べる相手が求めるものを作るべきだ。
サバをおいしく食べるためにチョコレートを使う。こういうチョコの使い方もあるのだと海神に思わせてみたい。
「ぬしが食べる相手の好みを聞くとは成長したのう」
「人間は成長する生きものなんだよ。お前と違って」
先輩に同じようなことを言われたのを思い出す。確かに、前の俺ならなにも考えずにまず作り始めていただろう。
そう思うと、俺もちゃんと進んでいるのだ。
「わしも成長しておるぞ。去年からまた背が伸びた」
「まだ伸びてんのか!だからお前でかいのかよ!」
サバを手に取る。どう料理するのがいいか。食べる人を思って作るのは悪くない。




