ディナー3
「......あんまり似てないですね」
「そりゃ叔父ですし」
「やせてるからかな。一新もいつかあんな感じになるのかな」
「善処します」
「あははは」
先輩が笑い声をあげるところを初めて見た。職場でも、この世でも俺しか見たことがないんじゃないかと思った。
「やっとわかりました。一新が変な味ばっかり作るのは、ノワールに憧れてたからなんだ」
叔父さんは、日本でここにしかないチョコレートというコンセプトにこだわっていた。
当時は珍しかったほうじ茶チョコや、柚子とチョコの組み合わせなどを毎シーズンごとに試していた。俺がその姿に憧れていたのは確かだ。
「そうですけど、改めていわれると恥ずかしいすね」
「ちょっと思ってたんですよ。一新の作るものは、私が小さい頃に好きだった『こんなの許されるんだ』ってチョコレートだなって」
「褒めてますよね?」
「どうでしょう」
そう言いつつ、先輩の表情はやわらかい。
自分が作るもののなかに、憧れの店を感じ取ってくれている人がいることが嬉しかった。一方的に出し続けていた手紙に、やっと返事が来た気分だった。
「俺、ノワールがなくなったとき本当にさみしかったんですよ。好きなお店がなくなるって、思い出が消えるみたいで嫌じゃないですか」
「わかる。その店が通った何年かが、急になかったことにされたみたいで切なくなる」
「そうなんですよ!だから俺、自分がパティシエになって絶対潰れない店を作りたいんです。百年ぐらいは続く老舗をやりたいなって」
言ってから、聞かれてもないのにしゃべったことが恥ずかしくなった。
店を作りたいと言いながら、まだなんの準備もできていない。急に夢を語りだして、引かれただろうか。
「私もです」
先輩の声には、軽蔑も冷やかしの色もなかった。
いたずらっぽく笑っていた。
「老舗を作りたいのとは違うけど、ノワールのような新しい挑戦するお店を、長く続けられたらいいなって。一瞬だけ話題になるお店や、何十年も同じ味を守るお店もすてきだけれど、私はずっと、おもしろい味を探していきたい」
少し照れながら語る先輩を見て、ノワールをたたむとき、叔父さんがぽつりとこぼした言葉を思い出した。
ひとりじゃ店は、続かない。
ノワールは小さなお店で、叔父さんはいつもひとりで店を切り盛りしていた。アルバイトの人はいても、ノワールのために日夜努力していたのは叔父さんだけだった。
絶対潰れない店を作りたいなら、俺だけじゃ足りない。誰か、同じ思いの人と一緒にやらなければ、続けられない。
その同じ思いの人が、目の前にいる。
俺の実力で、先輩に一緒に店をやろうというのは、現実味に欠けた。けれど、いつか。
いつか一緒に、先輩とお店ができたら?
ありえるのかはわからない。でも、ひとりではなく誰かとやるなら、俺は、先輩がいい。
この気持ちの下に、わずかに違う色の思いがあることには気づいている。けれど、それはもう少し先で向き合えばいい。
「私、少しお手洗いに行ってきます」
先輩が立ち上がった。いつの間にか、ワインをかなり空けていたらしい。
吐き気をこらえながらサバを食べていたものの、先輩はなかなか戻ってこない。俺もトイレに行こうと廊下に出たときだった。
「......まだ辞めると決めたわけではなくて」
先輩の声がした。誰かと電話しているらしい。
ワインで酔ったのか、いつもより少し声が大きくて滑舌が悪い。
「後任探しもあるから、返事は早めにします。あの件も......」
瞬間、聞いてはいけない会話を聞いたことに気づいた。
先輩にばれないように、急いで席へと戻る。
ふわついていた気持ちが、暗く塗りつぶされていく。
先輩は店を辞めるのだろうか。
俺は、先輩を誘うチャンスすらないのだろうか。
どうすることもできず、帰って来るのを待った。戻ってきた先輩は、いつもの淡々とした口調で戻りましたとだけ言った。




