先輩について2
「びっくりするなあ、もう。じゃあそんな一新さんに、七星さんのマル秘情報を教えてあげます」
晴人が、にやりと笑う。
「僕、七星さんの妹さんに会ったことがあるんですよ」
「妹!?」
先輩に妹がいたことも知らなかったし、こいつと知り合いなことにも驚いた。
「なんでお前が妹に会ったことがあるんだよ?」
「まあそのへんはちょっと。簡単にいえば友達からの紹介です」
なんとなく察した。こいつ、彼女いないしな。俺もだけど。
「別に七星さんの妹さんに会おうとしたわけじゃなくて、会ったら妹さんだったんです。あれより怖いことはなかなかないです」
想像してみた。確かに紹介で会った人が、上司の妹だったらかなり怖い。どんな話が無難なのかすらわからない。
「お前、よくそんなおもしろい話をいままで黙ってたな」
「僕、口がかたくていいやつなんです。知ってました?」
「自分で言われるとなんかむかつく」
「で、妹さんは僕より年が下なんですけど、けっこう七星さんのこと話してくれて。妹さんいわく『ななっちは、パティシエやるには自分は美人すぎるって悩んでる』らしいんです」
「それは......」
先輩が家でななっちと呼ばれていること。美人の自覚があったこと。そして、それに悩んでいること。
様々な事実が一度に明かされ、俺の処理能力はしばしパンクした。
晴人は自分の話に夢中なのか、こっちを置き去りにしたまま話し続ける。
「ほら、料理人ってわりと男の世界じゃないですか。だから、いやなことがけっこうあったみたいなんです」
「あー」
「店で冷たい態度とるのも、なめられたくないかららしいですよ。『ななっちは優しいのに、店ではわざと怖いふりしてる』って」
店での姿しか見たことがないから、あれが素だと思っていた。
美人なのに性格がきついのではなくて、美人だから性格をきつくしているのか。
「わざとにしては、うまいよな」
「僕も妹さんが嘘ついてる説を、まだ捨ててません」
「人に相談とかもしてなさそうだし」
「人に言える悩みでもなさそうですしね。性格的にひとりで全部なんとかしてそう」
そういうことか。俺が手伝うと言ったときの反応を思い出す。
いつもひとりだったから、俺の申し出に喜んでいたのか。
初めての笑顔にも、納得がいった。
「まあ贅沢な悩みだなあとは思いますけど。僕なら『美人で仕事もできますよ』って開き直るなあ」
「そういう性格じゃないんだろ。真面目にがんばってるのに、見た目の話ばっかされたら嫌にもなるんだろ」
「確かに、僕らもさっきしてましたもんね」
俺もそうだ。取材の話を聞いたとき、俺は先輩が美人だから取材対象に選ばれたのだろうと思った。下に見ているわけではなく、自然とそう考えた。
でも、選ばれたのが晴人だったら、百パーセントの実力だと思っただろう。
結局俺も、先輩を実力だけでなく、見た目込みで判断してきたひとりなのだ。
舞い上がっていた気持ちがしぼんでいく。少し褒められたぐらいで、完全に浮かれていた。
「これが僕のマル秘情報でした。役に立ちました?」
「ちょっと冷静になった」
「じゃあよかったです。ななっちは優しい人だと信じて、がんばってください」
先輩とのディナーに向けて、飲み会前とは違う意味での緊張があった。俺は、先輩と仲良くなりたい。これはいいチャンスだと思おう。
なにも知らない先輩のことを知るための。




