清風亭ロビー3
「七星さん、あの話考えてくれてます?」
「はい。知り合いに当たっています」
「私、一新さんけっこういいと思うんですよ」
急にふたりがこちらを向いた。
小夜さんはほがらかに、先輩は品定めするような目つきで。
「どうでしょう」
「ぜひ考えてみてください!私から上に言ってもいいですよ!」
意味深な言葉だけを残し、にこやかに小夜さんが去っていった。
たぶん小夜さんは、先輩に苦労させた張本人ではないな。
決して褒められたからではなく、冷静かつ客観的に違うと思う。
「ずいぶん嬉しそうでしたね」
ふたりになった瞬間、先輩が抑揚よくようのない声で言った。神よ。なぜ女性はうなずいても首を振っても不正解になる質問をするのでしょうか。脳内でサバオが言った。そんなこと言われても知らん。
「先輩に採用されたときの方が嬉しかったです」
少し間をあけて、もっとも正解に近そうな答えを返した。嘘ではないし、正直な気持ちといえた。
「気を使う必要はないです。あなたのモチベーションになると思ったから会わせたので」
「モチベーション?」
「小夜さんは素直な感想をくれる方なので」
先輩が、小夜さんが出ていったエントランスの方を見つめていう。
「私、けっこう好きなんですよ。ああいう方が、すべての料理人を支えてますよね」
真反対のふたりで相性が悪そうだと密かに思っていたが、そうでもなかったらしい。
「一緒に他の仕事もしようと言っています。かなり会うことになるかもしれません」
「最後に言ってた話ですか?」
先輩は答えず、テーブルの皿を重ね始めた。
「一新。来週の定休日の夜は、空いていますか?」
「新作の手伝いですよね?大丈夫です」
「いえ」
手際よく片付けていた先輩が顔をあげた。
「私と食事に来て欲しいんです」
この人はこの短期間で、何回俺の心臓を縮こまらせる気なのだろう。俺の心臓ストレス試験でもしているのか?
呆然としていると、先輩が少し早口でしゃべり始めた。
「パティシエってほら、よく勉強のために外食に行くでしょう?ドキュメンタリーでもそういうシーンを撮りたいそうで。レストランで、私が誰かとメニューについて議論しているところを撮るそうです」
「あー。取材ってことですよね。それなら......」
「いえ、下見です」
先輩がふたたび目線をテーブルに向ける。
「もともと、相手が決まったら撮影予定の店に一緒に下見に行こうと思ってたんです。あなたに決まったから、よければと」
話はわかった。しかし。それは。つまり。
頭をよぎる重大な疑問について、聞くか迷った。
何人で行くんだ?
俺と先輩......ふたり?
「行くなら予約した方がいいと思うんですけど」
とっさに聞いた。
「俺がやります。何名で予約すればいいですか?」
先輩が顔をあげた。いつもの無表情で言う。
「ふたりです。私と一新のふたりでいきます」




