先輩
ディナータイムのあとは、いつも魂が抜けたように疲れきる。ここのところの睡眠不足もあって、お世辞にも体調はよくなかった。
「顔色悪いね」
厨房に来た先輩が、開口一番にいう。
「最近変なやつにつきまとわれて」
「大丈夫? 相談にのった方がいいですか?」
「でも相手は男で......いや男かどうかはわからないけど、見た目は一応男で。あ、別に恋愛とかではなくて!」
頭がまわっていないせいか、どんどんいらないことを言っている気がする。
「すいません、本当に心配ないんで。いま言ったこと全部きれいに忘れてください」
「......わかりました」
言いたいことはあったようだが、先輩はいつもの無表情を貫いてくれた。ありがたい。
「今日は残りの新作で、なにを作るか相談できればと思ったんだけど......」
「それなんですけど、俺、一品作ってきてて」
声が変に上ずった。晴人に試食を頼んだときより、はるかに大きな音で心臓が鳴る。
落ち着け。準備はした。盛りつけもできた。
あとは、先輩に食べてもらうだけでいい。
「......よかったら、試食してもらえませんか?」
先輩の眉がわずかに動いた。俺の試食で時間をむだにするか、しないか迷っているのだろうか。
「かまわないけど、すぐ出せる?」
「はい!よければホールに持ってきます」
いらない演出だとわかっていたが、仕上げをしているところを見られたくなかった。先輩が厨房から出ていったあと、急いで冷蔵庫から皿を出す。
最後の盛りつけをする間、わずかに手がふるえていた。情けないぐらい緊張している。
ホールに向かいながら、自分がいまどんな顔なのか、不安でしかたがなかった。いつも通りの涼しい顔をしていたい。
それがむりなら、せめて自信満々の顔をしたい。
「お持ちしました」
うわずりかけた声を気合いでさげる。
皿をテーブルに置いた瞬間、厨房に走って逃げたくなった。
「......月?」
「ミントゼリーを載せたチョコタルト、『清風月のタルト』です」
手のひらほどのチョコタルトの中に、紺碧のゼリーの海がある。表面にはホワイトチョコレートで描かれた海のさざなみ、底には同じくホワイトチョコレートでできた小さな白い月が沈んでいる。
先輩が俺を見た。説明を求められていると気づくのに、しばらくかかった。
「えっと、横浜の海にうつる月がテーマです。俺、清風亭の魅力は和洋折衷だと思っていて。ホールにある、日本画風のステンドグラスの柄をモデルにしました」
先輩が窓の上の方にあるステンドグラスに目をやった。そしてタルト載せられているお皿に目をうつし......。
「これ、前に赤レンガ倉庫で見たお皿?」
「......はい。七星さんはこのお皿で作りたいかなと思ったので」
ひかれるかな。でも上司の意図をくむのは部下としては自然なことだし。自然というかそれが俺の仕事だし。
心のなかでいくつもの言いわけを並べる。
でもこれは、何に対する言い訳なんだ?
しばしタルトを観察していた先輩が、ようやく顔を上げて俺を見た。




