赤レンガ倉庫のギャラリー3
先輩が黙った。さっきまでの沈黙とは違う、と直感した。
「このアーティストの器が好きで、見たらなにかあるかと思ったんだけど」
そういうことだったのか。さっきの射抜くような眼差しの先輩は、器ではなくその上に載せる未来の新作を見ていたわけだ。
「アイスやパフェじゃだめなんですか?」
「それも作ります」
無表情のまま先輩が言った。
「全部で七品作る必要があります」
「新作を七品!?再来月までに!?」
「多めに作り、その中から選びたいというのが向こうのリクエストだそうです。私の名前にでもかけて、七品と誰かえらい人が決めたんでしょうね」
でしょうねの「ね」の部分に、静かだが強い怒気が込められていた。
断ればいいのにと思ったが、性格的にそれができなかったのだろう。
「いまいくつできてるんです?」
「絶対に必要であろうアイスとパフェはできました。もう少しでできそうなのは、地元産オレンジを使ったオランジェットと、冷やしチョコムースのガトーショコラ風」
思ったよりもできている。厨房での仕事のほかに俺や晴人の面倒も見ながら、ひっそり新作を四品もつくっていたことに舌を巻いた。
「残り三品もイメージはできていたんですが」
ですがの「が」に、今度は皮肉が込もっていた。
「上に提案したところ、もっと目玉になるおもしろいものが欲しいと」
「おもしろいもの?」
「地味だそうです。映像ではどうせ味は伝わらない。派手なコンセプトのものが必要だと」
先輩は変わらず淡々としていたが、俺の方がいらいらしてきた。
味は映像では伝わらないなんて、最初からわかっていたことだろう。先輩が作るものはおいしい。悔しいけれど、俺のよりおいしい。
先輩のような腕のたつパティシエを捕まえて、どうせ味だの、地味だの派手だの、失礼にもほどがある。
「七星さん、俺手伝いますよ!」
気づいたらとんでもないことを口にしていた。
力になりたいのは本当だった。先輩が失敗するところも見たくない。だがそれ以上に、気づいたのだ。
俺、いま舌狂ってたんじゃなかったっけ?
言ったそばから、滝のように冷や汗が流れた。頼む、断ってくれ。心のなかでサバオ以外のすべての神様に祈る。
いつもの調子で、あなたには無理ですと言ってくれ。俺を一刀両断してくれ。
「手伝うって......本当に?」
先輩の目に明るい光が差した。差すな。消えてくれ、その光。
「えっと......あの.......」
「ありがとう。嬉しいです」
先輩のほほがゆるむ。
初めて見る先輩の笑顔は、目に焼きつくほどきれいだった。




