第96話 竜騎士レオン
聖教会本部書庫。
最奥の封印区画。
静寂が部屋を支配していた。
誰も言葉を発しない。
老神官が告げた一言が、それほど衝撃的だったからだ。
> レオンは黒剣の騎士ではありません。
>
> 少なくとも最初は。
ロックが最初に口を開いた。
「待て」
「どういうことだ?」
当然の疑問だった。
今まで追ってきた記録。
エルフ領で聞いた話。
黒い炎の痣。
黒剣。
全てがレオンへ繋がっていた。
なのに。
黒剣の騎士ではなかった?
老神官は静かに本を開く。
黄ばんだ頁。
古い挿絵。
そこに描かれているのは巨大な竜だった。
そして。
その背に立つ一人の騎士。
長い外套。
白銀の鎧。
黒剣ではない。
普通の長剣を携えている。
「これが最も古いレオンの記録です」
老神官が言う。
「当時の肩書は」
頁をめくる。
そこには古い文字が記されていた。
> 王国竜騎士団団長
>
> レオン
セリナが目を見開く。
「竜騎士団……」
ロックも驚いていた。
「そんなもんあったのか?」
老神官は頷く。
「現在は存在しません」
「邪竜戦争の終結後に解体されました」
さらに頁がめくられる。
そこには様々な記録が残されていた。
戦場。
竜。
騎士。
そしてレオン。
どの絵にも共通している。
黒剣が存在しない。
ガルドは無言で見ていた。
老神官が続ける。
「当時のレオンは王国最強と呼ばれていました」
「剣術」
「指揮能力」
「そして竜との契約」
ロックが眉を上げる。
「契約?」
「はい」
老神官の指が挿絵へ向く。
そこに描かれている巨大な竜。
黄金の瞳。
堂々たる翼。
どこか見覚えがあった。
セリナが気付く。
「まさか……」
老神官は静かに頷く。
「現在、森の外縁で確認されている竜達」
「その祖にあたる存在です」
空気が変わる。
ロックの顔から笑みが消えた。
エルフ領。
子ドラゴン。
親竜。
あれらと繋がる話だった。
「つまり」
ロックが整理するように言う。
「レオンは竜と一緒に戦ってた?」
「そうです」
老神官は肯定した。
「邪竜戦争初期」
「人類側は圧倒的に不利でした」
「王国も」
「エルフも」
「獣人も」
「全ての種族が敗北寸前だった」
頁がめくられる。
そこには戦場が描かれていた。
燃える城塞。
崩れた砦。
倒れる兵士達。
圧倒的な災厄。
「その中で」
「唯一戦線を維持していたのがレオン率いる竜騎士団です」
静かな声。
だが重みがあった。
英雄だった。
間違いなく。
黒剣を持つ以前から。
誰も否定できないほどに。
その時だった。
リゼが小さく呟く。
「……すごい人」
老神官は微笑む。
「ええ」
「恐らくは」
「記録に残る中でも最高位の騎士でしょう」
ガルドは黙ったまま挿絵を見ていた。
竜の背に立つ男。
堂々と前を向く姿。
どこか自分とは違う。
そう思った。
ロックも同じだった。
「ダンナとは真逆だな」
思わず口に出す。
セリナが苦笑した。
確かにそうだ。
レオンは人々を率いる英雄。
ガルドは一人で前に立つ騎士。
似ているようで全く違う。
だが。
老神官は首を横に振った。
「そうとも言い切れません」
全員が顔を上げる。
老人は本を閉じる。
そして。
静かに言った。
「英雄とは結果です」
「人は後からそう呼ぶ」
部屋が静まる。
老神官の視線がガルドへ向く。
「レオンも最初から英雄ではなかった」
「ただ」
「守ろうとしただけです」
ガルドは何も言わない。
だが。
その言葉だけは心に残った。
守ろうとしただけ。
それは。
今の自分にも当てはまる気がした。
老神官は再び本を開く。
今度は後半。
紙の状態が悪くなる。
欠落も増える。
ところどころ破れていた。
そして。
ある頁で老人の手が止まる。
「ここです」
空気が張る。
その頁だけ。
明らかに記録の雰囲気が違った。
戦況報告。
被害記録。
負傷者名簿。
そして。
中央に記された一文。
> 竜騎士団団長レオン
>
> 重傷
ロックが眉を寄せる。
「重傷?」
老神官はゆっくり頷いた。
「ここからです」
「記録がおかしくなるのは」
頁をめくる。
次の頁。
さらに次。
そこから先の大半は失われていた。
切り取られている。
破かれている。
意図的に。
だが。
一つだけ残っているものがあった。
黒いインクで描かれた粗い挿絵。
そこに描かれていたのは。
黒い剣だった。
今までの頁には存在しなかったもの。
初めて現れる異物。
ロックが息を呑む。
セリナも言葉を失う。
そして。
ガルドの背で。
黒剣が微かに鳴った。
カン――。
誰にも聞こえないほど小さく。
まるで。
その記録を知っているかのように。
老神官は静かに告げる。
「ここから先が」
「失われた後半です」
部屋の空気が重くなる。
竜騎士レオン。
英雄レオン。
そして。
黒剣の騎士レオン。
その境界線が。
ようやく見え始めていた。




