第95話 遠い鐘
王都への旅路も終盤に差しかかっていた。
街道はさらに広くなり、人の数も増えている。
商人の隊商。
巡礼者。
騎士団の巡回部隊。
様々な人々が同じ道を進んでいた。
そして——。
その先に見えてきた。
王都アークレイア。
巨大な城壁。
白い石造りの塔。
幾重にも広がる街並み。
遠目にも分かる圧倒的な規模。
ロックが思わず口笛を吹く。
「でけぇな……」
グラン=ヴァルクも大きかった。
だが比べものにならない。
王都は王都だった。
セリナも感心したように見上げる。
「初めて来たわ」
リゼは少し緊張している。
人の多さが遠目にも分かる。
ガルドだけは普段と変わらない。
ただ静かに王都を見ていた。
その姿を見ながらロックが言う。
「ダンナは来たことあるんだろ?」
数秒の沈黙。
「……昔に」
短い返答。
騎士団時代だろう。
それ以上は語らない。
だが、その視線はどこか遠かった。
***
王都へ入る検問は厳しかった。
騎士達が行き交う人々を確認している。
当然だ。
王国の中心なのだから。
だが。
ガルドを見るなり騎士の一人が固まった。
「……黒剣」
小さな呟き。
すぐに誤魔化したが、ロックは見逃さない。
ガルドも気付いている。
だが何も言わない。
手続きは問題なく終わった。
やがて一行は王都へ足を踏み入れる。
喧騒。
活気。
圧倒的な人の数。
石畳がどこまでも続き、巨大な建物が並んでいる。
リゼが僅かに足を止めた。
呼吸が浅くなる。
だが。
隣にセリナがいる。
そして前にはガルド。
以前ほどの混乱は起きない。
セリナも少し安心した。
「大丈夫?」
「……うん」
まだ不安はある。
それでも前へ進める。
それだけで十分だった。
***
まず向かったのは聖教会本部だった。
王都中央区。
王城に次ぐ規模を誇る巨大建築。
白い大聖堂。
空へ伸びる尖塔。
鐘楼。
まるで一つの都市のようだった。
ロックが呆れた顔になる。
「本部ってレベルじゃねぇな」
セリナも同感だった。
地方教会とは比較にならない。
その威容だけで歴史を感じる。
入口では神官達が忙しく動いていた。
訪問者も多い。
その中を進み、受付へ向かう。
ベルン教会からの紹介状を見せると、神官の態度が変わった。
「少々お待ちください」
すぐに奥へ案内される。
予想以上の対応だった。
ロックが小声で言う。
「思ったより歓迎されてねぇか?」
「紹介状のおかげでしょう」
セリナが答える。
だが。
それだけではなかった。
案内された先。
本部書庫。
その入口で待っていた老神官は、ガルドを見るなり目を細めた。
「……なるほど」
意味深な反応。
ガルドは黙っている。
老神官は一礼した。
「お待ちしておりました」
ロックが目を瞬く。
「待ってた?」
老神官は頷く。
「ベルンから連絡は届いております」
それだけではない。
何か別の意味がある。
そんな気がした。
***
本部書庫は広大だった。
何階層もある巨大な保管庫。
古代文献。
王国史。
宗教記録。
失われた文明の写本。
膨大な知識が眠っている。
セリナの目が少し輝く。
ロックは早々に頭が痛くなった。
「無理だろこれ」
一生かけても読み切れない。
そんな量だった。
老神官は一行を最奥部へ案内する。
そこは一般神官ですら入れない区画だった。
重い扉。
複数の封印。
厳重な管理。
ロックの顔が引きつる。
「おい」
「なんか嫌な予感するんだが」
老神官は答えない。
やがて扉が開く。
その先にあったのは——
小さな部屋だった。
意外なほど質素な空間。
中央の机。
一冊の古い本。
それだけ。
老神官はその本を見つめる。
「これは複製です」
静かな声。
「原本は失われました」
セリナが近付く。
表紙を見る。
そこに記されていた名前。
> 邪竜戦争記録
全員の表情が変わる。
レオン。
黒剣。
竜。
失われた歴史。
全てに繋がる可能性がある本だった。
老神官はゆっくりと続ける。
「ベルンからの報告を読みました」
「レオンの名を追っているそうですね」
セリナが頷く。
「はい」
老神官はしばらく沈黙する。
迷っているようだった。
そして。
静かに言った。
「ならば知るべきでしょう」
部屋の空気が変わる。
ロックも真顔になる。
老神官は本を開いた。
黄ばんだページ。
古い文字。
そして。
最初の頁に描かれていたのは——
黒剣ではなかった。
竜だった。
巨大な竜。
その背に立つ一人の騎士。
ロックの目が見開かれる。
セリナも息を呑む。
そして。
ガルドだけが無言のまま、その絵を見つめていた。
老神官が静かに告げる。
「レオンは」
「黒剣の騎士ではありません」
沈黙。
全員が固まる。
これまで追ってきた情報。
予想。
伝承。
それらを覆す一言。
老神官の声だけが静かに響く。
「少なくとも——」
「最初は」
遠く。
鐘楼の鐘が鳴った。
重く。
長く。
まるで新たな真実の始まりを告げるように。




