第93話 観測記録更新
王都へ続く街道。
一行は順調に旅を続けていた。
大きな問題は起きていない。
魔物も少ない。
街道警備も行き届いている。
穏やかな旅路だった。
だが。
世界のどこかでは、別の動きが始まっていた。
***
地下深く。
陽光の届かない白い空間。
白い壁。
白い床。
白い天井。
静寂だけが支配する観測室。
中央には巨大な観測水晶が設置されている。
内部を無数の光が漂っていた。
その前に立つのは銀髪の女。
カイナ。
結社の観測管理者である。
「報告を」
静かな声。
観測者の一人が前へ出る。
「対象ガルド」
「生存確認」
「黒剣反応継続」
「特筆変化なし」
淡々とした報告。
カイナは水晶を見る。
黒い光。
静かだった。
以前と変わらない。
少なくとも観測できる範囲では。
「記録更新」
「はい」
観測者が資料へ書き込む。
ガルドは依然として観測対象。
それ以上でもそれ以下でもない。
***
次の報告。
「対象リゼ」
「生存確認」
「位相安定化を確認」
「特異点反応は低下傾向」
カイナの目が僅かに細まる。
エルフ領での介入。
想定以上の成果だった。
完全な回復ではない。
だが暴走段階は脱している。
「観測継続」
「はい」
記録が更新される。
***
「対象セリナ」
「変化なし」
「観測継続」
短い報告。
問題は無い。
***
そして最後。
青白い光。
ロック。
観測者が報告を始める。
「対象ロック」
「生存確認」
「戦闘能力上昇傾向」
「危険度変化なし」
その時だった。
観測水晶が僅かに揺れる。
ぱちり。
小さなノイズ。
観測者が眉を寄せる。
再観測。
水晶は正常。
何も映らない。
異常なし。
「……問題ありません」
観測者が言う。
カイナも特に反応しない。
観測装置のノイズは珍しくない。
「記録更新」
「対象ロック」
「観測継続」
それで終わる。
誰も深く気にしなかった。
ほんの一瞬の揺らぎだった。
***
報告が終わる。
観測者達は順番に退室していく。
静かな観測室。
残ったのはカイナだけだった。
彼女は一冊の古い資料を取り出す。
黒い表紙。
封印指定文書。
表紙には古い印が刻まれている。
> 第一級封印記録
その中の一頁。
そこには一つの名前だけが記されていた。
――レオン。
カイナはしばらくそれを見つめる。
だがページはめくらない。
閲覧権限はある。
しかし読む必要も無い。
なぜなら。
中身の大半が既に失われているからだ。
「皮肉なものね」
小さな呟き。
結社は長い年月を生きてきた。
数百年。
いや、それ以上。
その過程で受け継いできたものも多い。
だが。
全てを理解しているわけではない。
この記録も同じだった。
ある時代の結社が封印した。
だから今も封印されている。
それだけだ。
理由は断片的にしか残っていない。
だが一つだけ確かなことがある。
レオンの記録は消され続けている。
意図的に。
徹底的に。
「継続されている以上、意味はある」
カイナはそう判断していた。
真実を知るからではない。
先人達がそうしたからだ。
だから守る。
それが結社だった。
その時。
別の観測者が戻ってくる。
「失礼します」
「何?」
「封印記録群の閲覧申請です」
一枚の書類が差し出される。
若い研究員からの申請だった。
内容は単純。
レオン関連資料の閲覧希望。
カイナは一瞥する。
そして即座に言った。
「却下」
観測者は頷く。
予想通りだった。
「理由は」
「前例通り」
短い返答。
それだけで十分だった。
申請書は回収される。
やがて観測者も退室した。
再び静寂。
カイナは観測水晶を見る。
そこには黒い光が揺れていた。
ガルド。
そして黒剣。
「類似点が増えている」
小さな呟き。
レオンとの共通項。
黒剣。
騎士。
竜との接触。
失われた記録。
だが。
その先は分からない。
誰にも。
結社にも。
だから観測する。
それが役目だった。
***
同じ頃。
街道沿いの野営地。
ロックは焚火の前に座っていた。
「ん?」
ふと胸の奥がざわつく。
誰かに見られた気がした。
一瞬だけ。
本当に一瞬。
周囲を見る。
何もいない。
ガルド。
セリナ。
リゼ。
いつもの光景。
ロックは肩を竦める。
「気のせいか」
そう呟く。
だが。
遠く離れた地下で観測されていたことなど知るはずもない。
焚火が揺れる。
火の粉が夜空へ舞う。
そして世界の裏側では。
結社が静かに次の準備を進めていた。
何のためにか。
その理由さえ完全には理解しないまま。




