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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第5章 残響の先へ

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第90話 見えない階段

ベルンの朝は曇っていた。


空を覆う灰色の雲。


街を吹き抜ける風もどこか冷たい。


昨夜の夢が頭から離れないまま、ロックは宿の食堂へ降りてきた。


「眠そうね」


セリナが苦笑する。


ロックは欠伸を噛み殺した。


「最悪な夢だった」


「また?」


「また」


短いやり取り。


セリナも少し心配そうな顔になる。


エルフ領を出てからというもの、ロックの様子は時折おかしかった。


本人は隠しているつもりだろうが、長い付き合いだ。


気付かないはずがない。


「大丈夫?」


「死ぬ感じじゃねぇから平気」


ロックは笑う。


だが、その答えは逆に不安だった。


死の気配を感じる男が言う「死ぬ感じじゃない」は、安心材料になるのか分からない。


その時。


ガルドが席に着く。


相変わらず無言。


朝食を前にしても表情は変わらない。


ロックが視線を向ける。


昨夜の夢。


霧の中のガルド。


階段。


黒剣。


思い出そうとしても曖昧だ。


ただ一つだけ妙に鮮明だった。


あの階段。


どこへ続いていたのか分からない。


だが。


見てはいけないものだった。


そんな気がする。


***


朝食後。


一行は街を出る準備を進めていた。


次の目的地は王都方面。


聖教会本部へ向かう旅になる。


宿を出た時だった。


ロックの足が止まる。


「……?」


違和感。


微かなもの。


視界の端。


通りの向こう側。


そこに何かを見た気がした。


石造りの階段。


白い階段。


ほんの一瞬だけ。


「……おい」


ロックが振り返る。


だが。


何もない。


普通の路地だ。


人が歩き。


商人が荷物を運んでいる。


階段など存在しない。


「どうした?」


セリナが声を掛ける。


ロックは首を振った。


「いや」


気のせいだ。


そう思いたかった。


だが胸の奥はざわついている。


昨夜の夢と同じ感覚。


偶然とは思えなかった。


***


昼頃。


街道へ出た一行は南へ進んでいた。


ベルンを離れれば人通りは減る。


草原が広がり、風が吹く。


平和な道のりだった。


リゼも以前より落ち着いている。


人混みから離れたことも大きい。


セリナと並んで歩く姿は、普通の少女に見えた。


その少し後ろ。


ロックは黙って歩いていた。


考えている。


夢のこと。


階段のこと。


声のこと。


その時だった。


また見えた。


視界の端。


丘の向こう。


白い階段。


一瞬だけ。


ロックが立ち止まる。


「っ……」


消える。


何もない。


草原だけ。


風だけ。


ロックは額を押さえた。


セリナが振り返る。


「ロック?」


「いや……」


今度は誤魔化せなかった。


ガルドも視線を向ける。


ロックは数秒迷った。


そして。


「階段が見える」


沈黙。


セリナが瞬きをする。


「階段?」


「夢で見たやつだ」


「どこに?」


「見えたと思ったら消える」


説明しながら、自分でも意味が分からない。


だが嘘ではない。


ガルドは黙って聞いていた。


ロックは続ける。


「死の気配じゃねぇ」


「敵でもねぇ」


「けど……」


言葉が止まる。


うまく表現できない。


その代わり。


一つだけ言えた。


「近づいたら戻れなくなる気がする」


風が吹く。


セリナの表情が少し曇る。


冗談を言っている顔ではない。


ロック自身、本気で困惑していた。


その時。


ガルドが短く言う。


「見なくていい」


ロックが苦笑した。


「見えちまうんだよ」


「なら無視しろ」


「無茶言うな」


いつものやり取り。


だが。


少しだけ肩の力が抜ける。


ガルドは相変わらずだ。


分からないものは近づくな。


危険なら避けろ。


実に単純。


だが間違ってはいない。


ロックは溜息を吐いた。


「そうするしかねぇか」


***


その日の夕方。


街道沿いの野営地。


焚火が揺れている。


セリナとリゼは夕食の準備。


ロックは少し離れた場所で空を見ていた。


雲が流れている。


静かな時間。


その時だった。


また見えた。


今度ははっきりと。


空の向こう。


夕焼けの中。


白い階段。


果てしなく続く道。


ほんの数秒。


そして消える。


ロックの背筋を冷たいものが走った。


その瞬間。


誰かの声が聞こえた。


> 『まだだ』


昨夜と同じ声。


短い。


それだけ。


だが今度は夢ではない。


現実だった。


ロックの瞳が揺れる。


「……何なんだよ」


小さく呟く。


答えはない。


風だけが吹く。


遠くでガルドが焚火の前に座っている。


背には黒剣。


変わらぬ姿。


ロックはその背中を見る。


そして思う。


今はまだ。


この旅の方が重要だ。


階段も。


声も。


分からない。


だが。


いつか向き合う日が来る。


そんな予感だけが、静かに胸に残っていた。


そして夜空の遥か彼方。


誰にも見えない場所で。


白い階段は確かに存在していた。


まるで。


誰かを待つように。

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