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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第5章 残響の先へ

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第89話 境界の夢

その夜。


ベルンの街は静かだった。


昼間の喧騒は消え、通りを歩く人影もまばらになっている。


宿の窓から差し込む月明かりだけが、薄暗い部屋を照らしていた。


ロックは寝返りを打つ。


眠りは浅かった。


最近ずっとそうだ。


エルフ領を出る前から続いている。


あの違和感。


あの声。


そして——。


気づけば、夢を見ていた。


***


霧だった。


白い。


どこまでも続く霧。


地面があるのかすら分からない。


空も見えない。


音もない。


ロックは一人立っていた。


「……またか」


夢だと分かる。


普通の夢ではないことも。


ここ数日感じている違和感と同じ匂いがした。


前方に何かが見える。


ぼんやりと。


巨大な影。


人ではない。


魔物でもない。


輪郭そのものが曖昧だった。


見ようとすると霞む。


認識しようとすると遠ざかる。


奇妙な存在。


ロックが眉を寄せる。


「お前か?」


返事はない。


だが。


次の瞬間。


声が響いた。


> 『まだ来るな』


聞き慣れた声だった。


男とも女ともつかない。


若くも老いてもいない。


不思議な声。


ロックは舌打ちする。


「そればっかだな」


「だから何なんだよ」


霧が揺れる。


影も揺れる。


返答はない。


だが今までと違った。


影の向こう。


さらに奥。


何かが見えた。


階段だった。


果てしなく続く白い階段。


空へ向かうような。


深淵へ落ちるような。


そんな階段。


ロックの顔から笑みが消える。


本能が理解した。


近づいてはいけない。


まだ。


今は。


その感覚だけが異様に鮮明だった。


> 『境界は近い』


声が響く。


ロックが眉を寄せる。


「境界って何だ」


> 『お前はまだ人の側にいる』


「まだ?」


霧が揺れる。


階段の先に何かがいる。


見えない。


だが。


いる。


ロックの背筋を冷たいものが走った。


死の気配ではない。


もっと大きい。


もっと根源的な何か。


その時だった。


霧の中に別の姿が現れる。


黒い鎧。


巨大な剣。


見慣れた背中。


ガルドだった。


ロックの目が見開く。


「ダンナ?」


だが違う。


振り返らない。


声もない。


ただ階段の方を見ている。


その背後で。


黒剣だけが動いていた。


ゆっくりと。


まるで生き物のように。


ロックが息を呑む。


だが次の瞬間。


全てが崩れた。


霧。


階段。


影。


ガルド。


全てが白く染まる。


そして。


最後に一言だけ。


> 『その時が来れば分かる』


***


ロックは飛び起きた。


「っ!」


荒い呼吸。


額には汗。


まだ夜だった。


窓の外には月が見える。


部屋は静かだ。


誰も起きていない。


「……夢か」


そう呟く。


だが嫌な感覚だけが残っている。


胸の奥が重い。


ロックは頭を掻いた。


「何なんだよ、本当に」


夢の内容を思い出そうとする。


霧。


階段。


声。


そしてガルド。


だが細部はすぐに曖昧になる。


まるで思い出すこと自体を拒まれているようだった。


ロックは溜息を吐く。


眠る気にはなれない。


静かに部屋を出た。


宿の廊下。


階段。


そして屋上。


夜風が吹く。


冷たい空気が火照った頭を冷やしていく。


「最悪だ……」


空を見上げる。


星が綺麗だった。


その時。


屋上の端に人影が見えた。


ガルドだった。


全身鎧。


背には黒剣。


相変わらず無言。


ロックが苦笑する。


「ダンナも寝れねぇのか」


ガルドは少しだけ視線を向ける。


それだけ。


ロックは隣へ歩いていく。


しばらく二人で空を見上げた。


静かな時間。


やがてロックが口を開く。


「変な夢見た」


ガルドは何も言わない。


だが聞いている。


ロックは続ける。


「またあの声だ」


「まだ来るな、だとさ」


夜風が吹く。


しばらく沈黙。


そしてガルドが短く言う。


「……行くな」


ロックは吹き出した。


「だから何処だよ」


ガルドは答えない。


ロックは苦笑しながら空を見る。


本当に変な男だ。


だが。


少しだけ気が楽になった。


夢の内容は分からない。


声の正体も分からない。


それでも。


今はまだ。


考えすぎる必要はない気がした。


その頃。


ベルンの街から遥か遠く。


誰も知らない場所。


闇の中で、一人の男が目を開く。


銀色の瞳。


長い黒髪。


その口元が僅かに動く。


「近いな」


小さな呟き。


誰に向けたものでもない。


だが。


その視線は確かに何かを見ていた。


人では届かぬ場所を。


そして。


まだ誰も知らない未来を。

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