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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第5章 残響の先へ

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第84話 失われた名

書庫には静寂が満ちていた。


古い紙の匂い。


積み上げられた記録。


差し込む光の中を埃が舞う。


誰もすぐには口を開かなかった。


レオン。


黒剣。


黒い炎の痣。


それらがガルドへ繋がりすぎていたからだ。


老司祭は静かに羊皮紙を巻き戻した。


「残っている記録はここまでだ」


ロックが眉を寄せる。


「肝心なところだけ消えてるじゃねぇか」


「そうだな」


老人も否定しない。


むしろ同意していた。


「だからこそ、今でも議論が続いている」


「英雄だったのか」


「災厄だったのか」


「あるいは、その両方だったのか」


ロックは腕を組む。


あまり好きな話ではない。


英雄というものは、たいてい碌な末路を辿らない。


特に黒剣みたいな代物が絡めば尚更だ。


その横でセリナは別の部分を考えていた。


「名前が少なすぎるわ」


老司祭が視線を向ける。


「ほう?」


「英雄なら、もっと残るはず」


「家名も」


「出身地も」


「仲間も」


「なのに、レオンという名前しかない」


言われてみればその通りだった。


普通なら伝承になる。


英雄譚になる。


だが、この記録には不自然な空白が多すぎる。


老人も頷いた。


「鋭いな」


「実際、それも研究者達の疑問だ」


老人はさらに書棚を探る。


しばらくして、一冊の薄い冊子を取り出した。


「これは写本だ」


「原本は失われている」


ページを開く。


そこには古い紋章が描かれていた。


剣。


盾。


そして翼。


ガルドの視線が止まる。


ロックも気付いた。


「……あれ?」


どこかで見た。


いや。


見慣れている。


ガルドの鎧。


騎士団の徽章。


完全ではない。


だが似ている。


老人が説明する。


「当時の王国騎士団の紋章だ」


「現在の騎士団紋章の原型とされている」


ロックの顔から笑みが消える。


ガルドのいた騎士団。


偶然にしては繋がりすぎている。


セリナも気付いていた。


「つまり……」


老人は静かに頷いた。


「レオンは騎士だった可能性が高い」


「しかも、かなり高位のな」


沈黙が落ちる。


ガルドは黙って紋章を見ていた。


ふと、昔の記憶が過る。


騎士団本部。


訓練場。


上官達。


そして——。


追放の日。


ガルドの手が僅かに動く。


だが誰も気付かない。


老人は続ける。


「さらに面白い話がある」


そう言って別の紙を広げた。


そこには人名一覧が記されていた。


騎士団史の一部。


だが。


肝心の箇所だけが削られている。


ロックが呆れる。


「またかよ」


老人は苦笑した。


「不自然だろう?」


「何者かが消している」


「しかも何世代にも渡って」


セリナが静かに呟く。


「レオンに関する情報だけ……」


「その通りだ」


老人は頷いた。


「まるで最初から存在しなかったようにな」


その言葉に。


リゼの肩が小さく震えた。


セリナがすぐに気付く。


「リゼ?」


少女の顔色が少し悪い。


視線が紙へ向いている。


だが見ているのは文字ではない。


もっと別のもの。


遠い記憶。


断片。


地下施設。


記録室。


白い部屋。


そして。


大量の紙束。


焼却される資料。


リゼの呼吸が乱れる。


「リゼ!」


セリナが肩を支える。


少女は額を押さえた。


苦しそうだった。


「だい……じょうぶ……」


そう言うが、大丈夫ではない。


何かを思い出しかけている。


老司祭が席を立つ。


「無理はさせるな」


セリナが頷く。


ガルドも視線を向けていた。


すると。


リゼの呼吸が少しだけ落ち着く。


やはりガルドが近くにいると安定する。


老人もそれを見ていた。


不思議そうな顔だったが、何も聞かなかった。


やがて。


リゼが小さく呟く。


「……消してた」


全員が振り返る。


少女は震えていた。


「いっぱい……」


「紙……」


「燃やして……」


セリナの目が見開かれる。


記憶だ。


結社施設の。


リゼは苦しそうに続ける。


「名前……」


「消してた……」


それ以上は言えなかった。


頭痛に耐えるように俯く。


だが十分だった。


ロックの顔が険しくなる。


「結社か」


老人も黙る。


証拠は無い。


だが。


偶然とは思えなかった。


失われた記録。


消された名前。


黒剣。


レオン。


そして結社。


一本の線が見え始めている。


まだ繋がらない。


だが確実に近付いていた。


その時だった。


教会の鐘が鳴る。


ゴォン——。


重い音が書庫へ響く。


老人が窓の外を見る。


夕方の祈りの時間だった。


「今日はここまでにしておくといい」


そう言って本を閉じる。


一行も立ち上がった。


だが。


ガルドだけは最後にもう一度、あの紋章へ視線を向けた。


王国騎士団の原型。


レオン。


そして自分の騎士団。


何かがある。


だが、まだ見えない。


静かに踵を返す。


書庫を後にする。


その背で黒剣が微かに揺れた。


カン——。


小さな音。


誰も気付かなかった。


まるで何かが。


失われた名前を知っているかのように。

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