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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第5章 残響の先へ

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第83話 古い記録

ベルンの朝は早かった。


まだ陽が昇りきる前から、商人達は露店の準備を始めている。


宿の窓から見える通りには、既に多くの人影があった。


ロックは欠伸をしながら階段を降りる。


「眠ぃ……」


昨夜は久しぶりの柔らかいベッドだった。


だが妙な夢を見たせいで、あまり寝た気がしない。


あの声は聞こえなかった。


それでも胸の奥の違和感は消えない。


考えるのをやめようとしても、どこか引っ掛かる。


食堂へ入ると、既に全員揃っていた。


ガルドはいつもの席。


セリナはリゼの隣。


リゼは少しずつ普通の食事ができるようになっていた。


以前より顔色も良い。


ロックは席へ腰を下ろす。


「今日は教会だったな」


セリナが頷いた。


「長老の話が本当なら、古い文献が残っているかもしれない」


アルヴェインは言っていた。


人間達は忘れる。


だが記録は残る。


消されたと思われる歴史であっても、全てを消し切ることは難しい。


特に宗教組織は古い記録を保管する傾向がある。


ガルドは静かに食事を続けていた。


邪竜。


黒剣。


レオン。


どれも自分に関わる話だった。


だが興味を示しているようには見えない。


ロックが苦笑する。


「ダンナ、自分のことなんだからもう少し気にしろよ」


ガルドは短く答えた。


「……気にはしている」


ロックが吹き出した。


「それで気にしてる判定なのかよ」


セリナも少し笑った。


リゼだけが不思議そうな顔をしている。


その光景は以前よりずっと自然だった。


食事を終えた一行は、街の中央にある聖教会へ向かった。


白い石造りの大聖堂。


高い鐘楼。


正面には巨大な女神像。


人々が祈りを捧げている。


ベルンの象徴とも言える建物だった。


教会の中は静かだった。


色硝子から差し込む光が床を彩っている。


ロックが周囲を見回す。


「思ったより立派だな」


「地方都市にしては大きい方よ」


セリナが答える。


その時だった。


一人の老司祭が近付いてくる。


白髪混じりの老人。


穏やかな目をしていた。


「旅のお方かな?」


セリナが前へ出る。


「少し調べたいことがあるんです」


老司祭は微笑んだ。


「内容によるな」


「古い記録についてです」


その言葉に、老人の表情が僅かに変わる。


「ほう」


興味を持ったらしい。


しばらく話を聞いた後、老人は小さく頷いた。


「案内しよう」


教会の奥。


一般人は立ち入れない書庫へ通される。


石造りの部屋。


高い本棚。


古い羊皮紙。


埃の匂い。


ロックが感心したように口笛を吹いた。


「すげぇな」


「数百年分の記録がある」


老司祭は誇らしげだった。


「失われた歴史もな」


その一言に、セリナの目が鋭くなる。


老人は書棚の奥へ向かう。


やがて一冊の分厚い本を取り出した。


革表紙は劣化している。


相当古いものだ。


「邪竜戦争の時代だ」


全員の視線が集まる。


老司祭は机へ本を置いた。


ページをめくる。


黄ばんだ紙。


かすれた文字。


そして。


そこに描かれていたのは、一人の騎士だった。


黒い剣を背負う男。


ロックが目を見開く。


「おい……」


ガルドも視線を落とす。


絵は粗い。


だが。


似ていた。


あまりにも。


「レオン……」


セリナが呟く。


老司祭は頷いた。


「当時の英雄の一人だ」


ページをさらにめくる。


戦場の記録。


邪竜討伐。


エルフとの共闘。


失われた王国。


様々な情報が並んでいる。


だが途中で違和感があった。


文章が不自然に途切れている。


ページが抜けているのだ。


ロックが眉を寄せる。


「なんだこれ」


老人の顔が曇る。


「そこだ」


「そこから先が問題なのだ」


さらにページをめくる。


だが。


無い。


重要な部分だけが消えている。


まるで誰かが意図的に。


セリナの表情が険しくなる。


「削除されている……」


「百年以上前からな」


老人が答える。


「どの教会にも同じ欠落がある」


ロックが鼻を鳴らした。


「怪しすぎるだろ」


誰かが隠した。


それも徹底的に。


ガルドは黙って記録を見ていた。


その時だった。


老司祭が別の紙束を取り出す。


「ただし」


「一つだけ残っている記録がある」


全員が顔を上げる。


老人は慎重に紙を広げた。


そこには古い走り書きが記されていた。


最後の戦いの後。


黒剣の騎士は生還した。


しかし――。


> 全身に黒き炎の紋を宿していた


空気が止まった。


ロックが思わずガルドを見る。


ガルドは動かない。


だが全員が同じことを考えていた。


首元に現れ始めた黒い炎の痣。


レオンにもあった。


偶然ではない。


老人は続ける。


「その後の記録は無い」


「死亡したとも」


「姿を消したとも言われている」


沈黙が落ちる。


書庫は静かだった。


埃だけが光の中を漂っている。


そして誰も気付かなかった。


書庫の窓の外。


教会の尖塔の上。


一羽の鳥が止まっていることに。


その鳥はじっと書庫の窓を見つめていた。


まるで誰かの目のように。


やがて風が吹く。


鳥は羽ばたき、空へ消えた。


誰にも知られぬまま。


どこかへ報告するかのように。

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