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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第5章 残響の先へ

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第78話 古い傷跡

朝靄が、白樹の森を薄く覆っていた。


葉の隙間から差し込む光は淡く、空気は冷たい。

エルフ領の朝は静かだ。


館の中庭では、リゼがゆっくりと歩く練習をしていた。


セリナが隣につき、慎重に支えている。


「大丈夫?」


「……うん」


まだ足取りは不安定だった。


だが、以前より明らかに良い。


暴走の気配も、今はない。


少し離れた場所で、ロックが欠伸を噛み殺した。


「眠ぃ……」


昨夜の出来事が頭から離れない。


あの声。


境界。


未完成。


思い出そうとすると、妙に頭が重くなる。


ロックは眉を寄せた。


「……ほんと気持ち悪ぃ」


その横で、ガルドは黙ったまま立っていた。


背には黒剣。


相変わらず無言。


ロックがちらりと見る。


「ダンナは平気そうだな」


返事はない。


だが、その時だった。


館の入口からアルヴェインが現れる。


長老の視線は、真っ直ぐガルドへ向いていた。


「少し来い」


短い言葉。


ガルドは無言で歩き出す。


ロックが首を傾げた。


「なんだ?」


アルヴェインは答えない。


ただ森の奥へ進んでいく。


ガルドも続く。


ロックは少し迷ったあと、肩をすくめた。


「……気になるだろ、普通」


そのまま後ろをついていく。


森の奥は静かだった。


白樹の根が大地を覆い、淡い緑の光が霧の中を漂っている。


やがて、開けた場所へ出た。


石が並ぶ、古い跡地。


崩れた柱。


半ば地面に埋もれた紋章。


人間のものだった。


ロックが目を細める。


「遺跡か?」


アルヴェインが静かに頷く。


「古い戦跡じゃ」


「……人とエルフが共に戦った場所」


ガルドの視線が、崩れた石柱へ向く。


そこには、剣と翼を重ねた古い紋章が刻まれていた。


風化している。


だが、騎士団紋章に似ていた。


ロックも気づく。


「これ……ダンナんとこの騎士団に似てねぇか?」


ガルドは答えない。


ただ、僅かに視線が止まった。


アルヴェインが続ける。


「遠い昔」


「邪竜が森へ侵攻した」


「その時、人間側から一人の騎士が来た」


ロックが眉を上げる。


「一人?」


「……黒剣を背負ってな」


空気が少し変わった。


ロックがガルドを見る。


ガルドは動かない。


アルヴェインは石柱へ手を触れる。


「その男は、森を守るため最後まで戦った」


「だが戦の後——死んだ」


静かな声だった。


「全身に、黒い炎の痣を浮かべながらな」


ロックの表情が消える。


自然と視線がガルドの首元へ向いた。


鎧の隙間。


そこにある、黒い炎のような痣。


以前見たもの。


ガルドは気づいていない。


アルヴェインの目が細くなる。


「黒剣も、その後消えた」


「長く記録だけが残っておった」


風が吹く。


白樹が揺れた。


ロックが低く呟く。


「……嫌な一致だな」


アルヴェインは否定しない。


「儂も最初は偶然と思った」


「だが、お主を見て考えが変わった」


視線がガルドへ向く。


「感情に呑まれておらぬ」


「それでいて、剣を制御しておる」


「……あの男に似ておる」


ガルドは沈黙したままだった。


何も言わない。


だが、その空気は僅かに重い。


ロックが空気を変えるように笑う。


「ダンナ、昔の英雄扱いじゃねぇか」


だが、アルヴェインは笑わなかった。


「英雄は、多くを守る」


「そして、多くを失う」


低い声。


その響きだけで、軽口が消える。


しばらく沈黙が落ちた。


その時だった。


ロックの胸の奥が、またざわつく。


「……っ」


思わず眉を寄せる。


嫌な感覚。


遠く。


森のさらに奥。


何かが“動いた”。


敵意ではない。


だが、異様な圧。


ロックの呼吸が僅かに止まる。


ガルドの視線も同時に動いた。


黒剣が、微かに鳴る。


カン——


小さな音。


アルヴェインの目が鋭くなる。


「どうした」


ロックは森の奥を見る。


「……なんかいる」


ガルドも同じ方向を見ていた。


風が止まる。


森が静まり返る。


次の瞬間——


遠くの空で、巨大な影が横切った。


ロックが目を見開く。


「……は?」


一瞬だった。


だが、確かに見えた。


翼。


長い尾。


空を裂く巨大な影。


セリナたちがいる館の方角ではない。


もっと深い森の上空。


ガルドの視線が僅かに鋭くなる。


黒剣が、また小さく鳴った。


ロックが乾いた声を漏らす。


「おい……今のって……」


アルヴェインは答えない。


ただ静かに空を見上げていた。


その表情は、かつてないほど険しかった。

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