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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第5章 残響の先へ

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第76話 森が拒むもの

エルフの森は、昼でも静かだった。


白樹の枝葉が空を覆い、陽の光は細い筋となって地面へ落ちる。

風が吹けば、葉が擦れ合い、柔らかな音が遠くまで続いていく。


だが——その静けさの中に、僅かな違和感があった。


館の外。


セリナはリゼを支えながら、ゆっくりと中庭へ歩いていた。


「無理しないで」


小さく声をかける。


リゼはまだ顔色が薄い。

だが、昨日より足取りは安定していた。


「……うん」


弱い声。


それでも、確かに以前より意識ははっきりしている。


中庭の白石に腰を下ろしたリゼは、空を見上げた。


揺れる枝。

流れる風。

森の匂い。


長い間、閉じ込められていた少女にとって、それは遠い記憶のようだった。


「……きれい」


小さな呟き。


セリナの表情が少しだけ緩む。


「覚えてる?」


リゼは首を傾けた。


「……少しだけ」


「森……」


「風……」


「……姉さま」


その言葉に、セリナの胸が静かに締まる。


完全ではない。


だが、戻ってきている。


それだけで十分だった。


少し離れた木陰で、ロックが腕を組んでその様子を見ていた。


「少しずつって感じか」


肩をすくめる。


その横には、ガルド。


全身鎧のまま、無言で立っている。


背には黒剣。


相変わらず何も言わない。


ロックが横目で見た。


「ダンナ、ほんと立ってるだけで落ち着くのな」


ガルドは答えない。


ただ視線だけがリゼへ向いていた。


その時だった。


風が変わった。


白樹の枝が、ざわ、と大きく揺れる。


ロックの眉が動く。


「……ん?」


違和感。


敵意ではない。


殺気でもない。


だが、森の空気そのものが、僅かに軋んだ。


館の入口から、長老アルヴェインが現れる。


その目が、静かに細まっていた。


「精霊が騒いでおる」


セリナが立ち上がる。


「結社……?」


長老は首を振る。


「違う」


ゆっくりと視線が動く。


黒剣へ向く。


そして——ロックへ。


ロックが目を瞬く。


「……俺?」


アルヴェインは黙ったまま近づく。


杖を地面に軽くつく。


淡い緑の光が地を走った。


精霊の調律。


白い粒子が、風のように流れていく。


ガルドの周囲を通る。


黒剣の背を撫でる。


少しだけ揺れるが、弾かれない。


次に、ロックへ触れた。


——その瞬間。


空気が、僅かに歪んだ。


ぱき、と乾いたような音。


ロックの周囲で緑の粒子が散る。


まるで、触れたくないものに触れたように。


セリナの顔が変わる。


「……何?」


ロックが眉を寄せた。


「おい、ちょっと待て」


アルヴェインの目が鋭くなる。


「精霊が避けておる」


静かな声。


ロックの喉が動く。


「避ける?」


「俺が?」


長老は頷く。


「拒絶ではない」


「恐れでもない」


「……境界が、わずかに噛み合っておらぬ」


ロックには意味が分からない。


「は?」


困惑した顔。


セリナも眉を寄せる。


「何のこと?」


アルヴェインは少しだけ考え込む。


だが、すぐには答えなかった。


完全に見えてはいない。


ただ、確かにズレがある。


人間。


魔力。


生命。


その輪郭の奥に、僅かな“別位相”の揺らぎ。


長老にも断定できない。


ロックは肩を竦める。


「……なんか気持ち悪ぃな」


軽く言う。


だが、その裏に僅かな本音があった。


先日から続く違和感。


死の気配に似た感覚。


森の空気のズレ。


今までとは違う。


そのとき。


中庭で、リゼの呼吸が少し乱れた。


全員の視線が向く。


少女の肩が震えていた。


目が揺れる。


セリナが駆け寄る。


「リゼ!」


だが暴走ではない。


視線は一点へ向いていた。


ガルド。


黒剣。


少女の唇が震える。


「……それ」


セリナが息を止める。


ガルドは動かない。


リゼは首元を押さえ、小さく呟いた。


「……こわい」


その一言で、中庭の空気が止まった。


セリナの表情が固まる。


ロックも黙る。


これまでガルドの近くで安定していた。


だが今——初めて、“恐れ”を示した。


リゼの瞳が黒剣へ向いていた。


ガルド自身ではない。


黒剣。


アルヴェインの目が細くなる。


(やはり……)


剣が、何かを呼び起こしておる。


まだ断定はできぬ。


だが。


リゼの中に残る結社の痕。


黒剣の異質。


この二つは、どこかで繋がっている。


風が吹く。


白樹が大きく揺れた。


ガルドは無言のまま、背の黒剣へ僅かに視線を落とした。


何も言わない。


ただ、その沈黙だけが——

静かに不穏だった。

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