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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第5章 残響の先へ

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第75話 眠る特異点

朝の光が、白樹の葉を透かして差し込んでいた。


エルフの館の一室は静かだった。


窓から流れる風が、薄い布を揺らしている。


寝台の上で、リゼがゆっくりと目を開けた。


淡い金色の瞳が、まだぼんやりと揺れている。


「……」


声はない。


ただ、視線だけが部屋を辿る。


石壁。

木の梁。

窓。

揺れる枝。

差し込む光。


それから——


寝台の横に座っていたセリナへ向いた。


セリナは一瞬、呼吸を止めた。


「……リゼ?」


少女の唇が、微かに動く。


「……ねぇ、さま」


掠れた声だった。


それだけで、セリナの胸が締めつけられる。


長い間、聞けなかった声。


ずっと探してきた妹の声だった。


セリナは、そっと笑った。


「おはよう」


リゼは少しだけ目を細めた。


幼い頃と変わらぬ、柔らかな表情。


だがその次の瞬間、眉がわずかに寄る。


「……ここ……どこ……?」


記憶が曖昧なのだと、すぐに分かった。


セリナは焦らず答える。


「エルフ領よ」


「安全な場所」


「もう追われない」


その言葉に、リゼの瞳が小さく揺れる。


“追われる”


その言葉が、何かに触れた。


肩がぴくりと震えた。


ロックが壁際からそれを見て、僅かに姿勢を変える。


セリナもすぐに気づく。


「リゼ?」


少女は唇を震わせた。


「……くる……」


声が小さく掠れる。


「え?」


「……つれて……いかれる……」


その瞬間。


空気が変わった。


リゼの瞳の奥に、微かな赤が滲む。


セリナの顔色が変わる。


「リゼ!」


少女の呼吸が荒くなる。


指先が震え、寝台の布を強く掴む。


額に汗が滲む。


部屋の空気がわずかに震えた。


魔力。


まだ弱い。


だが確かに、乱れ始めていた。


ロックが身を起こす。


「まずいな……」


長老アルヴェインが一歩前へ出る。


「下がれ」


低い声。


だが——


その時だった。


部屋の奥。


扉の近くに立っていたガルドが、一歩だけ進む。


鎧が小さく鳴る。


黒剣が背で静かに揺れた。


セリナが振り返る。


「ガルド——」


止めるより早く。


ガルドは何も言わず、寝台の横へ立った。


ただ、それだけだった。


剣を抜かない。


手を伸ばさない。


触れない。


ただ、そこに立つ。


リゼの荒れていた呼吸が、少しだけ緩む。


赤く滲みかけた瞳が、揺れる。


少女の視線が、ゆっくりとガルドへ向く。


黒い鎧。


無骨な騎士。


背負った巨大な黒剣。


だが、そこに敵意はなかった。


リゼの指先の震えが止まる。


魔力の乱れが弱まっていく。


ロックが目を細めた。


「……またか」


セリナは言葉を失う。


アルヴェインの目だけが静かに細まる。


(近づくだけで……安定しておる)


ガルドは何も変わらない。


ただ立っているだけだった。


やがて。


リゼの呼吸が整う。


震えていた肩が落ちた。


少女は、小さく呟く。


「……こわく、ない」


セリナの喉が詰まる。


ガルドを見る。


ガルドは無言だった。


ただ、視線だけが少し下がる。


それだけで十分だった。


リゼはゆっくりと、寝台の上で身を起こした。


まだ力は弱い。


だが、暴走はしていない。


部屋に張っていた緊張が、少しだけ解けた。


ロックが肩をすくめる。


「ダンナ、ほんと何なんだよ……」


小さく笑う。


だが、冗談の奥に本気の困惑が混ざっていた。


セリナは妹の背を支えながら、慎重に問いかける。


「リゼ」


「覚えてること、ある?」


少女は黙った。


少し考える。


視線が床へ落ちる。


そして、かすかに震えた声で言う。


「……ひかり」


「……まるい、へや」


「……くび」


首元に手が伸びる。


痕の残る場所。


セリナの顔が固くなる。


アルヴェインも動かない。


リゼの呼吸が少しだけ乱れる。


「……いたい」


「……いや」


「……かえりたく、ない」


セリナが強く抱き寄せた。


「帰らなくていい」


「もう行かせない」


リゼは小さく頷く。


だがその目には、深い怯えが残っていた。


記憶は断片。


完全ではない。


けれど——


確かに、“あの場所”を覚えている。


そして。


それは結社に繋がる。


館の外。


白樹の枝の上に、一羽の小鳥が止まっていた。


風が吹く。


羽が揺れる。


だが。


その瞬間、ロックの足が止まった。


胸の奥が、ざわつく。


まただ。


敵意ではない。


殺気でもない。


けれど。


何かが近づいているような感覚。


未来が歪むような、嫌な予感。


ロックが眉を寄せる。


「……なんだ?」


次の瞬間。


その感覚は消えた。


風だけが残る。


森は静かだった。


だが、ロックの背筋には冷たいものが残っていた。


館の窓際。


ガルドが、その森の奥を静かに見ていた。


何も言わない。


黒剣も動かない。


だが。


この静かな安定が、長く続かないことだけは——

誰よりも、森が知っているようだった。

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