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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第4章 癒えぬもの

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第72話 泉底の声

世界樹の最奥。


泉の光が、激しく脈打っていた。


翠と紫。


相反する色が、水面の上でぶつかり合う。


精霊の調律と。


結社の残留干渉。


その境界で――


少女が叫んでいた。


「あぁぁぁッ!!」


リゼの身体が、石台の上で大きく反る。


白銀の髪が乱れ。


紫の魔力が、無秩序に噴き上がる。


風が裂け。


炎が弾け。


雷が水面を走った。


泉そのものが悲鳴を上げているようだった。


セリナが叫ぶ。


「リゼ!!」


だが、近づけない。


暴走した魔力が、円環のように少女を包んでいた。


リュシアたちエルフも、精霊術で抑え込もうとしている。


だが、押し返される。


アルヴェインの額に汗が滲む。


「……深い」


低い声。


「これは、魂の奥だ」


ただの術式ではない。


長く刻まれた観測と制御の残滓。


泉の調律で浮かび上がったそれが、最後の抵抗を始めていた。


その時。


泉の縁。


ガルドが、手を伸ばした。


誰より近く。


誰より静かに。


剣は抜かない。


ただ――


届かせるように。


セリナが息を呑む。


「ガルド……」


リゼの紫の瞳が、揺れる。


標的は、完全に変わっていた。


ガルド。


彼へ向けて、魔力が集中する。


雷撃が落ちる。


炎が走る。


風刃が裂く。


だが。


黒霧が動いた。


鞘の隙間から漏れた黒い霧が、細く伸びる。


以前のように荒々しく噴き出すのではない。


静かに。


這うように。


まるで意思を持つ手足のように。


魔法の軌道へ触れた瞬間――


バチッ。


雷が掻き消える。


炎が裂ける。


風が散る。


ロックが目を細めた。


「……ダンナ、剣抜いてねぇぞ」


違和感。


だが、今は誰も口にしない。


ガルドは、一歩だけ前へ出た。


そして――


泉の水面へ、手を触れた。


その瞬間だった。


ブワッ――


世界が、沈んだ。


ロックが息を止める。


セリナが目を見開く。


泉が、一瞬だけ底を失ったように暗くなる。


翠の光も。


紫の光も。


すべて吸い込まれるように沈んだ。


ガルドの手を中心に。


波紋が広がる。


そして――


“見えた”。


ロックの頭がざらつく。


危険予知ではない。


もっと深い。


泉の底。


光の揺らぎの奥。


そこに――


巨大な影が浮かんでいた。


目ではない。


輪郭でもない。


ただ、“何かいる”と分かる。


次元の違う場所。


遠い。


だが。


確実にこちらを見ていた。


ロックの唇が震える。


「……また、お前か」


声が落ちる。


今までで、一番はっきりと。


«『境界が揺らいでいる』»


«『見るな』»


«『まだ、我に触れるな』»


ロックの目が見開く。


我。


初めて。


その存在が、自らを示した。


セリナが振り返る。


「ロック?」


だが、彼は答えない。


泉を見ていた。


恐怖と。


理解できない感覚の狭間で。


一方。


ガルドの視界。


彼だけは違うものを見ていた。


暗い水底。


沈んだ世界。


そこに、少女がいた。


幼い。


白銀の髪。


膝を抱え。


小さく震えている。


リゼ。


暴走ではない。


魂の奥。


閉じ込められた“本来の意識”。


ガルドは、何も言わない。


ただ、手を伸ばす。


少女が顔を上げた。


紫ではない。


淡い翠の瞳。


震えた声。


かすかに。


ほとんど息のように。


「……こわい」


セリナの目に涙が浮かぶ。


聞こえたわけではない。


だが。


妹がそこにいると、直感した。


「リゼ……!」


その瞬間。


紫の魔法陣が、水底で再び点灯する。


結社の最終制御。


眠っていた補助術式が、強制起動した。


アルヴェインが叫ぶ。


「離れろ!!」


遅い。


紫の鎖が、水の中から伸びた。


ガルドの腕へ。


リゼの身体へ。


魂ごと縛るように。


拘束。


再起動。


だが――


その瞬間。


ガルドの首元。


黒い炎の痣が、僅かに揺れた。


感情。


ほんの小さな揺らぎ。


助けたい。


ただ、それだけ。


胸元のタリスマンが、翠に光る。


侵食は抑える。


だが。


黒剣には届く。


カン――


乾いた音。


誰も触れていない。


それでも。


黒剣が、鳴った。


次の瞬間。


ガルドの背から。


黒霧が、大きく伸びた。


鞘のまま。


抜かずに。


霧は、泉の中へ潜る。


紫の鎖へ絡む。


締め上げるように。


そして――


断つ。


バチィッ!!


紫の術式が、弾けた。


泉が大きく揺れる。


リゼの身体が、跳ねる。


「――ぁッ!」


叫び。


そして。


静寂。


水面が、落ち着きを取り戻す。


翠の光が、ゆっくり戻る。


アルヴェインが息を呑む。


「……断ち切った」


セリナが駆け寄る。


リゼの瞳が、ゆっくり開く。


紫ではない。


淡い翠。


焦点が揺れる。


唇が、小さく動く。


「……ねえ、さま……?」


セリナの呼吸が止まった。


「……リゼ」


涙が落ちる。


ようやく。


届いた。


だが。


安堵の空気の中。


ロックだけは、泉を見ていた。


ざらつく。


頭の奥。


声は、まだ消えない。


«『境界が薄い』»


«『もう、長くは隠せぬ』»


ロックの拳が、強く握られる。


泉の底。


揺れる光の向こう。


何かが――


少しだけ、近づいていた。

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