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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第4章 癒えぬもの

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第70話 精霊の泉

世界樹の最深部。


観測者たちが去ったあとも、空気は重かった。


精霊たちは、まだ落ち着かない。


葉が微かに揺れ。


泉の周囲を、淡い緑の光が漂っている。


森そのものが、侵された異物を警戒しているようだった。


その中心。


セリナは、泉の縁に膝をついていた。


腕の中には、リゼ。


呼吸は穏やかだ。


だが、眠ったまま目を覚まさない。


細い指先を握る。


冷たい。


セリナは、唇を噛んだ。


「……やっと見つけたのに」


小さく。


震える声。


「助けられたのに……まだ、届かない」


その言葉に、ロックが少しだけ目を伏せた。


いつもの軽口はない。


ただ、短剣を腰へ戻しながら、泉の周囲を見回していた。


ガルドは、少し後ろに立っている。


無言。


変わらず。


黒剣を背負ったまま。


アルヴェインが、静かに前へ出た。


世界樹の根元。


泉を見下ろす位置へ。


「……まだ終わっておらぬ」


重い声。


セリナが顔を上げる。


「長老」


アルヴェインの視線は、リゼへ向いていた。


「結社の干渉は弱まった」


「だが、消えてはいない」


セリナの顔が強張る。


「……まだ?」


長老は頷いた。


「魂に刻まれた乱れは、術だけでは癒えぬ」


泉を指す。


「精霊の泉で、調律する」


ロックが眉を上げた。


「調律?」


リュシアが代わりに答える。


「精霊術の最奥よ」


弓を背負い直しながら。


「乱れた魔力や魂の波を整える」


「エルフの中でも、長老しか扱えない」


セリナが、息を呑む。


視線が、再びリゼへ落ちた。


希望。


怖さ。


両方が混ざる。


「……治るんですか」


アルヴェインは、少し沈黙した。


正直に言う。


「分からぬ」


セリナの肩が揺れる。


だが、長老は続けた。


「だが、止めることはできるかもしれぬ」


「暴走を」


「干渉を」


「苦しみを」


セリナは、ゆっくり目を閉じた。


それだけでも。


今は大きかった。


「……お願いします」


深く、頭を下げる。


アルヴェインが頷いた。


「泉へ」


リュシアと数名のエルフが動く。


世界樹の根元に、古い精霊文字が刻まれた石台があった。


泉の水が、そこへ流れ込んでいる。


淡い緑。


呼吸するように光っていた。


セリナが、リゼをそっと寝かせる。


白い髪が、泉の光を受けて揺れる。


眠る少女は、まるで壊れた人形のようだった。


ロックが、小さく舌打ちする。


「……胸糞悪ぃな」


セリナは、答えなかった。


リゼの手を、離せずにいた。


その時。


アルヴェインの視線が、ガルドへ向く。


「お前は下がれ」


短く。


ガルドが、わずかに視線を上げた。


「……?」


言葉はない。


だが、問いだけは伝わる。


長老は、黒剣を見た。


「その剣」


「泉が嫌う」


静かな声。


「精霊は、呪いと古き竜の核を恐れる」


ロックが、苦く笑う。


「だろうな」


だが。


その瞬間。


泉の光が、ふっと揺れた。


ガルドが、まだ動いていないのに。


黒剣に反応した。


淡い緑が、ざわつく。


拒絶。


だが――


胸元。


フィルエナの印が、淡く光った。


翡翠の光。


黒剣を包むように。


揺れた泉が、少しずつ静まる。


アルヴェインが、小さく目を細めた。


「……抑えている」


完全ではない。


だが。


拒絶しきれない。


リュシアが驚いた顔をする。


「泉が……受け入れてる?」


アルヴェインは答えない。


ただ。


ガルドを見ていた。


黒剣ではなく。


その主を。


静かな男。


感情の波が小さい男。


だからこそ――


この剣を保っている。


やがて、長老が口を開く。


「泉の外に立て」


ガルドへ。


「近づき過ぎるな」


短く。


ガルドは頷く。


泉から少し離れた、根の外側へ移動した。


その背中で。


黒剣が、カン……と小さく鳴る。


まるで、不満そうに。


ロックが、肩をすくめた。


「相変わらずだな」


その時だった。


ロックの足が、止まる。


泉の水面。


そこへ映った光景に。


視線が釘付けになる。


「……なんだ」


ざらつく。


頭の奥。


今までと違う。


危険ではない。


だが。


嫌な感覚。


もっと深い。


もっと古い。


泉の底。


光の揺らぎの奥。


まるで――


別の空間が、重なって見えた。


「……っ」


息が詰まる。


声が、届く。


今までより、はっきり。


遠い。


だが、確実に。


«『そこへ、近づくな』»


ロックの目が見開かれる。


「……誰だ」


小さく漏れる。


セリナが振り返る。


「ロック?」


だが、ロックは答えない。


泉を見ていた。


その瞳に、初めて。


明確な恐怖が浮かんでいた。


一方。


アルヴェインは、静かに両手を掲げる。


翠の精霊文字が、空中に浮かぶ。


泉が呼応する。


光が強くなる。


セリナが、リゼの手を握る。


「……帰ってきて」


小さな祈り。


世界樹の最奥で。


調律が、始まろうとしていた。

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