第68話 黒剣の意思
紫の光槍が、木々を穿つ。
爆ぜた魔力が、世界樹の根を揺らした。
エルフたちが散開する。
リュシアが空中で身を捻り、枝へ着地した。
「右後方! 二体!」
ロックの叫び。
ほぼ同時に。
二本の紫槍が、さっきまでエルフたちがいた場所を貫いた。
轟音。
土が抉れる。
リュシアの目が見開かれる。
「また……!」
ロックは額を押さえながら、荒く息を吐く。
頭の奥が、焼けるように痛い。
それでも。
“来る”のが分かる。
感じる。
見えるわけじゃない。
だが、死の気配だけは、異様なほど鮮明だった。
「チッ……!」
短剣を握り直す。
その間にも。
観測者たちは、一切動揺を見せない。
仮面の奥。
淡い光だけが、静かに脈打っている。
「戦闘行動、限定」
「黒剣反応、観測継続」
「感情同期、誘導開始」
セリナの表情が変わる。
「……何?」
次の瞬間。
三人の観測者が、同時に手をかざした。
空中の魔法陣が、紫に染まる。
標的は――
ガルドではない。
セリナ。
「っ!」
ロックが叫ぶ。
「セリナ、来るぞ!!」
だが。
速い。
紫の光が、一瞬で空間を裂いた。
セリナは、咄嗟にリゼを庇う。
避けられない。
その瞬間。
ガルドが、一歩踏み出した。
セリナの前へ。
だが。
黒剣には、まだ触れない。
抜けば、間に合うか。
だが、それは侵食を進める。
「ガルド、ダメ!!」
セリナが叫ぶ。
その声によってか、刹那の躊躇か。
ガルドは迫りくる紫の光に身体を投げ出そうとする。
セリナの目が、ガルドの首元を捉えた。
黒い痣。
炎の紋様が、僅かに揺れる。
熱を持ったように。
「……っ!」
セリナが息を呑む。
だが次の瞬間。
胸元。
フィルエナの印が、ふわりと緑に光った。
優しい光。
翡翠色の輝きが、首元へ流れる。
黒い炎を、静かに包み込むように。
そして。
痣は、再び静まった。
広がらない。
脈打たない。
抑え込まれている。
アルヴェインが、小さく目を細めた。
「……留めているか」
だが。
間に合わない。
紫槍は、もう目前だった。
セリナがリゼを抱きしめる。
リュシアが弓を引く。
ロックが叫ぶ。
その瞬間――
カチャ……
微かな音が響いた。
全員の動きが、一瞬止まる。
ガルドは、動いていない。
黒剣にも、触れていない。
なのに。
背中の黒剣が――
ひとりで、数センチ抜けていた。
「……え?」
セリナの目が見開かれる。
ロックも、息を呑む。
観測者たちの仮面が、初めて揺れた。
「……自律?」
「抜刀確認」
「記録照合――」
その直後。
鞘の隙間から。
黒い霧が、ふわりと溢れた。
まるで、生き物。
意思を持つ煙。
黒霧は、一直線に紫槍へ向かう。
そして――
触れた。
次の瞬間。
紫の光が、音もなく崩れる。
霧に呑まれるように。
掻き消える。
「――ッ!?」
観測者の声が、初めて乱れた。
続けて。
黒霧は空中の魔法陣へ伸びる。
紫の干渉線を、次々と断ち切っていく。
ブツン。
ブツン。
まるで。
見えない糸を噛み千切るように。
リゼの首元の光が、急速に弱まる。
苦しそうだった呼吸が、戻っていく。
セリナが、震える声を漏らす。
「……止まった」
観測者たちが、初めて一歩下がった。
仮面の奥。
確かな動揺。
「黒剣が……」
「主の操作なしに……」
「記録と違う……」
ロックが、苦く笑う。
「……おいおい」
短剣を肩に乗せる。
「ダンナより、剣の方が働き者じゃねえか」
だが。
ガルドは、何も言わない。
自分でも。
何が起きたのか、分かっていない。
ただ。
静かに立っている。
その背中で。
黒剣だけが、微かに低く鳴いていた。
カン……
カン……
まるで。
何かを確かめるように。
アルヴェインが、その音を静かに見つめる。
そして――
誰にも聞こえないほど、小さく呟いた。
「……守っているのか?」
だが。
その表情には。
ほんの僅かに。
拭いきれない違和感が残っていた。




