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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第4章 癒えぬもの

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第62話 フィルエナの印

朝だった。


世界樹の根元に差し込む光は、森の外よりも柔らかい。


葉の隙間から零れる淡い緑。


風は静かで。


水の音だけが、遠くに聞こえていた。


だが――


その静けさとは裏腹に。


セリナは、ほとんど眠れなかった。


リゼの様子。


ガルドの首元に浮かぶ黒い痣。


そして――


アルヴェインの言葉。


“同じものを背負っている”。


その意味が、頭から離れない。


「……セリナ」


声に振り向く。


アルヴェインだった。


昨夜と変わらぬ静かな表情。


だが、その瞳には、迷いがなかった。


「ガルドを連れて来なさい」


短く。


セリナは頷いた。


「……はい」


しばらくして。


世界樹の根元。


開けた小さな広場に。


ガルド。


ロック。


セリナ。


そして、眠ったままのリゼが集まっていた。


リュシアも、少し離れた場所で見守っている。


アルヴェインが、一歩前へ出た。


視線は、ガルドへ。


「首元を見せなさい」


短く。


ロックが小さく眉を上げる。


「随分、ストレートだな」


誰も反応しない。


ガルドは、何も言わず。


首元の鎧留めを外した。


金属音。


僅かに開いた隙間から――


黒い痣が現れる。


炎のような紋様。


まだ細い。


だが、確かに生き物のような形をしている。


リュシアが、僅かに息を呑む。


昨日より、近くで見るのは初めてだった。


アルヴェインは、静かに頷いた。


「……まだ浅い」


ロックが眉をひそめる。


「“まだ”ってのは、つまり……」


アルヴェインは答える。


「いずれ広がる」


静かに。


だが、容赦なく。


セリナの表情が僅かに強張る。


ロックも、言葉を失った。


だが。


ガルドだけは変わらない。


無言のまま。


微動だにしない。


アルヴェインの目が、僅かに細くなる。


「……やはり似てはいないか」


セリナが顔を上げる。


「え……?」


アルヴェインは、ガルドから目を離さずに言った。


「レオンは、もっと怒り、笑い、悲しんだ」


小さく。


「だから、早かったのだ」


ロックが理解する。


「……感情か」


アルヴェインが頷く。


「黒剣は、人の感情を喰らう」


森の空気が、僅かに揺れる。


「怒りも」


「慈悲も」


「執着も」


「喪失も」


「全てを力に変え――侵食する」


セリナの目が、ガルドへ向く。


ガルドは変わらない。


いつも通り。


静かだ。


アルヴェインの口元が、ほんの僅かに緩む。


「だからこそ、お前は生きている」


ガルドが、僅かに視線を上げる。


アルヴェインは、自分の胸元へ手を伸ばした。


衣の内側。


そこから、昨夜見た翡翠色の護符を取り出す。


フィルエナの精霊文字。


淡い光。


森そのものが、呼応するようにざわめく。


セリナが、思わず呟く。


「……フィルエナの印」


リュシアですら、目を見開く。


「長老、それは――」


アルヴェインは答えない。


ただ。


ゆっくりと、ガルドの前まで歩く。


「消せはしない」


静かに。


何百年分もの後悔を込めるように。


「黒剣も」


「痣も」


「お前が背負うものも」


護符を差し出す。


「だが――」


翠の瞳が、真っ直ぐガルドを見る。


「遅らせることはできる」


沈黙。


風が止む。


世界樹の葉すら、動かない。


まるで、この瞬間を見守っているように。


ガルドは、差し出された護符を見る。


翡翠の光。


暖かい。


黒剣とは、正反対の力。


しばらく。


何も言わずに見つめ。


やがて。


その大きな手が、静かに伸びた。


受け取る。


その瞬間。


翡翠の光が、ふわりと広がった。


首元の黒い痣へ。


淡い緑が流れ込む。


黒と緑。


相反する力が、一瞬だけせめぎ合い――


やがて。


静かに落ち着いた。


セリナが、息を呑む。


「……痣が」


広がっていない。


いや――


むしろ、黒の輪郭が僅かに落ち着いて見える。


ロックが苦笑する。


「……マジかよ」


アルヴェインは、ようやく小さく息を吐いた。


「完全には止まらぬ」


「だが、少しは時間を稼げるだろう」


ガルドは、護符を見つめたまま。


やがて。


短く言った。


「……借りる」


ロックが目を丸くする。


「お、珍しく喋ったな」


セリナも、少しだけ目を見開いていた。


だが――


アルヴェインだけは、静かに微笑んだ。


ほんの僅かに。


何百年ぶりかに。


「……ああ」


短く。


「今度こそ、間に合わせよう」


その言葉に。


森が、静かにざわめいた。


まるで。


かつて果たせなかった約束に――


ようやく、手が届いたかのように。

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