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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第4章 癒えぬもの

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第59話 失われた記憶

静寂が、部屋を包んでいた。


誰も、口を開けない。


長老アルヴェインの視線は、ただ一人。


ガルドへ向けられている。


その瞳は、今を見ていない。


もっと遠く。


何百年も前の“記憶”を見ていた。


やがて。


アルヴェインが、ゆっくりと口を開く。


「……リュシア」


低く。


だが、森そのものが応えるような声だった。


「記録庫を開けろ」


リュシアの目が見開かれる。


「……長老、それは」


迷い。


驚き。


そして、僅かな躊躇。


アルヴェインは視線を動かさない。


「今すぐだ」


短く。


それだけで十分だった。


リュシアが静かに頭を下げる。


「……承知しました」


そのまま、奥へ消える。


ロックが小さく息を吐く。


「……記録庫?」


誰に向けた問いでもない。


だが。


アルヴェインが答えた。


「この森の記憶だ」


短く。


ロックの眉が僅かに上がる。


「森の……記憶」


セリナは、黙っていた。


知っている。


だが、自分でも入ったことはない。


エルフの中でも、ごく限られた者しか触れられない場所。


“過去そのもの”が眠る場所。


アルヴェインが、ようやくガルドから視線を外した。


「座れ」


短く。


ガルドは何も言わない。


ただ、リゼを静かに寝台へ下ろす。


その瞬間。


リゼの首元が、微かに光る。


だが。


森の中より、さらに弱い。


セリナが、ほっと小さく息を吐く。


「……落ち着いてる」


アルヴェインが頷く。


「世界樹の根は、外からの干渉を弱める」


短く。


「完全には断てぬがな」


ロックが壁にもたれる。


「……十分ありがてえ」


だが。


その言葉の途中で。


アルヴェインの視線が、またロックへ向く。


「……お前も」


ロックの背筋が、僅かに強張る。


「ん?」


アルヴェインは、それ以上は言わない。


ただ。


目を細める。


まるで、何かを確かめるように。


その時。


奥から足音。


リュシアが戻ってきた。


その両腕には。


一冊の、大きな書物。


いや――


書物というより。


“板”に近かった。


古い樹皮で綴じられた、分厚い記録。


魔力が、微かに脈打っている。


ロックが思わず口笛を吹く。


「……年代物だな」


リュシアは無視する。


アルヴェインの前へ、それを置いた。


ドン――


重い音。


まるで。


過去そのものが置かれたような音だった。


アルヴェインが、静かに表紙へ手を置く。


瞬間。


淡い緑の光が、部屋を満たした。


セリナが目を細める。


「……精霊記録」


ロックが眉をひそめる。


「本じゃねえのか?」


アルヴェインが答える。


「紙は、嘘を残せる」


静かに。


「だが、精霊は見たものしか刻まない」


ロックが、言葉を失う。


アルヴェインが、ゆっくりと頁を開く。


一枚。


また一枚。


光の粒が、部屋に舞う。


そして。


ある頁で、手が止まった。


アルヴェインの瞳が、僅かに揺れる。


「……ここだ」


全員の視線が集まる。


頁に描かれていたのは――


戦場。


炎。


崩れた森。


そして。


巨大な黒い竜。


ロックが息を呑む。


「……邪竜……」


その前に立つ、一人の人間。


全身を覆う、黒い炎の痣。


手には――


幅広の、大きな黒い剣。


ガルドの背中にあるものと、寸分違わぬ剣。


セリナの呼吸が止まる。


「……黒剣……」


リュシアですら、言葉を失っていた。


アルヴェインの声だけが、静かに響く。


「かつて」


頁から目を離さず。


「人とエルフは、共に戦った」


一枚、頁が進む。


次の光景。


邪竜が、倒れている。


森は守られている。


だが――


人間の英雄は、膝をついていた。


全身に広がった、黒い炎。


首だけではない。


腕も。


胸も。


顔も。


全てを蝕まれている。


ロックが、無意識にガルドを見る。


アルヴェインが、低く呟く。


「……最後まで、戦った」


さらに、頁が進む。


そして。


最後の記録。


静かな森。


一本の墓。


その前に、エルフたち。


だが――


黒剣だけが、どこにもない。


セリナが、息を呑む。


「……消えてる」


アルヴェインが、静かに本を閉じた。


重い音が、部屋に響く。


そして。


ゆっくりと、ガルドを見る。


今度は。


過去ではない。


確かに、“今”を見ていた。


「……同じだ」


低く。


揺れる声。


何百年もの時間を越えて。


ようやく見つけたように。


「黒剣も」


「痣も」


「そして――」


アルヴェインの目が、僅かに細くなる。


「飲まれていない、その目も」


沈黙。


森の音だけが、遠くに聞こえる。


やがて。


長老は、静かに呟いた。


まるで、自分自身へ言い聞かせるように。


「……また、巡ってきたのか」


誰にも聞こえないほど、小さく。


だが。


その言葉だけは。


確かに、森全体が聞いていた。

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