第51話 拒絶
聖教会の奥。
白い光に満たされた部屋。
静かなはずの空間が――どこか軋んでいる。
ロックは、壁にもたれたまま目を細めていた。
「……まだ居心地悪いな」
小さく呟く。
空気が“合わない”。
それだけのことのはずなのに、妙に神経を逆撫でされる。
セリナはリゼの側にいる。
その手を握ったまま。
「……出る準備を」
振り返らずに言う。
もう結論は出ている。
ここでは足りない。
なら、次へ進むだけだ。
ロックが軽く肩を回す。
「エルフの国、ね」
簡単に行ける場所ではない。
だが、今はそれしかない。
その時だった。
リゼの身体が、びくりと震える。
「――ッ!」
セリナが顔を上げる。
首元が、光る。
さっきよりも強く。
断続的ではない。
“続いている”。
「……来る!」
ロックが即座に反応する。
理由はない。
だが、確信だけがある。
次の瞬間。
リゼの目が、開く。
だが――違う。
焦点が合っている。
はっきりと。
だが、その視線は。
セリナではない。
「……なに……これ……」
かすれた声。
だが、明確な言葉。
セリナの手が震える。
「リゼ……?」
返事はない。
いや――
“見ていない”。
リゼの視線は、どこか遠くを捉えている。
「……邪魔……」
ぽつりと。
ロックの背筋が凍る。
「……おい、それ……」
空気が、変わる。
聖教会の静寂が、歪む。
聖職者が一歩前に出る。
「下がれ」
低く言う。
同時に、手をかざす。
淡い光が広がる。
包み込むような、穏やかな力。
だが――
弾かれる。
「……なっ」
光が、歪んで消える。
ロックが舌打ちする。
「効いてねえ!」
リゼの身体が、ゆっくりと起き上がる。
不自然な動き。
糸で引かれているような。
「……排除……」
その言葉。
完全に、別の“何か”。
セリナが叫ぶ。
「リゼ!!」
届かない。
首元の光が、さらに強くなる。
部屋の空気が軋む。
「……ここ、まずいぞ!」
ロックが叫ぶ。
感じる。
“溜まっている”。
何かが、内側で。
その瞬間。
――逃げろ。
頭の奥に、声が響く。
明確に。
ロックの目が見開かれる。
「……チッ!」
反射的に動く。
セリナの肩を掴む。
「離れろ!!」
引く。
同時に。
リゼの身体から、魔力が弾ける。
爆発ではない。
だが。
“押し出される”。
見えない衝撃が、部屋を満たす。
聖職者が吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられる。
ロックも踏ん張る。
「ぐっ……!」
セリナは、動かない。
いや、動けない。
リゼを見ている。
そのまま。
ガルドが動く。
無言で。
一歩。
その距離に入る。
黒剣には触れない。
ただ、近づく。
それだけで。
リゼの動きが、止まる。
一瞬。
本当に、わずかに。
「……っ……」
声が揺れる。
リゼの中の“何か”が、軋む。
押し合う。
だが――
首元が、強く光る。
押し返す。
「……ッ、ダメだ……!」
ロックが歯を食いしばる。
止まりきらない。
ガルドが、さらに一歩踏み込む。
距離を詰める。
黒剣が、わずかに震える。
ドクン。
空気が変わる。
リゼの動きが、崩れる。
膝が落ちる。
そのまま――
崩れ落ちる。
「……リゼ!」
セリナが駆け寄る。
抱き止める。
呼吸はある。
だが、荒い。
不安定。
ロックが息を吐く。
「……今の、やばかったな」
聖職者が壁にもたれながら立ち上がる。
苦い顔。
「……ここでは、抑えきれない」
はっきりと。
証明された。
セリナが、リゼを抱きしめる。
強く。
「……行く」
低く。
決意の声。
「今すぐ」
ロックが頷く。
「賛成だ」
一切の迷いはない。
ガルドは何も言わない。
ただ、リゼの側に立つ。
その距離を、保つ。
聖教会は、安全ではない。
むしろ。
“合わない”。
ロックが扉へ向かう。
「……長居すると、次はもっとでかいの来るぞ」
セリナも立ち上がる。
リゼを支えながら。
ガルドが、その背を引き受ける。
自然に。
背負う形に戻る。
誰も言わない。
だが、それが最適だからだ。
三人と一人。
静かに部屋を出る。
白い光の中から。
外へ。
ロックが最後に振り返る。
聖教会。
静かで。
整っていて。
――だが。
「……やっぱ、合わねえな」
ぼそりと呟く。
そして、歩き出す。
彼らの行き先は、決まっている。
人の手の届かない場所。
精霊の領域。
そこにしか、答えはない。
そして――
見えないどこかで。
その“逸脱”は、確かに観測されていた。




