第48話 不安定な均衡
【第48話 不安定な均衡】
朝が来ても、空気は重かった。
薄い光が差し込む部屋の中。
リゼは、まだ眠っている。
だが、それは安らぎの眠りではない。
浅く、揺れている。
「……変わらねえな」
ロックが窓際で呟く。
外を見ながら。
人の気配は少ない。
だが、完全に安全とは言えない。
セリナは、寝台の側から離れていなかった。
リゼの手を、ずっと握っている。
「……少しだけ、落ち着いてる」
そう言う。
だが、それは希望に近い言葉だった。
ロックが振り返る。
「“少しだけ”な」
現実は変わらない。
その時。
リゼの指が、ぴくりと動く。
セリナの手を、わずかに握り返す。
「……リゼ?」
瞼が震える。
ゆっくりと、開く。
昨日よりも、焦点が合っている。
だが――
「……ねえ……」
声は、まだかすれている。
不安定。
セリナの表情が緩む。
ほんの少しだけ。
「うん、ここにいる」
すぐに返す。
リゼの目が、セリナを追う。
理解しようとしている。
その時。
首元が、微かに光る。
一瞬。
だが。
「……ッ」
セリナの顔が強張る。
リゼの呼吸が乱れる。
「……あ……っ」
声が、歪む。
痛み。
苦しみ。
ロックが舌打ちする。
「……やっぱダメか」
だが、次の瞬間。
ガルドが一歩、近づく。
それだけで。
リゼの呼吸が、ゆっくりと整っていく。
光が、弱まる。
消える。
完全ではない。
だが、抑えられている。
セリナが息を吐く。
「……落ち着いた……」
ロックが腕を組む。
じっと見る。
「……これ、完全に依存してるな」
ガルドに。
セリナは否定しない。
できない。
「……ええ」
小さく。
重く。
ロックが続ける。
「離れたら?」
答えは分かっている。
セリナが、わずかに首を振る。
「……無理よ」
試すまでもない。
ロックは一歩、後ろへ下がる。
視線はそのまま。
「じゃあ逆だな」
ガルドを見る。
「近すぎたらどうなる?」
その言葉に。
セリナが一瞬、動きを止める。
考えていなかった。
いや――
考えたくなかった。
ロックが続ける。
「安定してるって言ってもよ」
「それ、抑え込んでるだけじゃねえのか?」
その可能性。
セリナの指が、わずかに強くなる。
リゼの手を握る力が、増す。
「……試す必要がある」
小さく言う。
覚悟の声。
ロックが頷く。
「ああ」
視線が、ガルドへ。
ガルドは何も言わない。
だが、理解している。
一歩。
後ろへ下がる。
ゆっくりと。
距離が開く。
その瞬間。
――変化が来る。
リゼの身体が、びくりと震える。
「……ッ!」
セリナが抱き寄せる。
首元が、光る。
さっきより強い。
明らかに。
「……やっぱりか!」
ロックが低く言う。
さらに一歩。
ガルドが下がる。
光が、強くなる。
呼吸が乱れる。
「……戻って!」
セリナが叫ぶ。
即座に。
ガルドが距離を詰める。
その瞬間。
光が弱まる。
呼吸が整う。
静まる。
沈む。
完全ではない。
だが、明確だった。
ロックが息を吐く。
「……ビンゴだな」
セリナの顔が青ざめる。
「……離れられない」
それは、事実だった。
ガルドとリゼ。
一定距離内でしか安定しない。
ロックが苦く笑う。
「しかも」
ガルドを見る。
「ダンナの方も、無事じゃなさそうだ」
その言葉に。
セリナの視線が動く。
ガルドへ。
黒剣。
その刃が、わずかに揺らいでいる。
気のせいではない。
ドクン。
小さな脈動。
まるで、生きているように。
「……進んでる」
セリナが呟く。
侵食。
確実に。
ロックが頭をかく。
「最悪の相互依存だな」
・離れるとリゼが壊れる
・近づくとガルドが侵食される
「……詰んでねえか、これ」
冗談ではない。
だが、笑えない。
セリナは、ゆっくりと首を振る。
「……違う」
小さく。
だが、はっきりと。
「まだ、終わってない」
視線が、強くなる。
「方法はある」
ロックが片眉を上げる。
「根拠は?」
セリナは、答える。
迷いなく。
「なかったら、ここで終わりだから」
ロックが一瞬、黙る。
そして、小さく笑う。
「……まあ、そうだな」
納得ではない。
だが、受け入れる。
その時。
また、違和感。
ロックの視線が、わずかに揺れる。
一瞬だけ。
空間が、ズレたような。
――まだだ。
声ではない。
だが、確かに。
ロックが目を細める。
「……なんか、変だな」
小さく呟く。
セリナが振り向く。
「何が?」
ロックは首を振る。
「いや……なんでもねえ」
言葉にできない。
だが。
何かが、引っかかる。
ガルドは、何も言わない。
ただ、そこに立つ。
リゼの側に。
その均衡は、脆い。
ほんの少しで崩れる。
それでも。
今は、それしかない。
セリナが、リゼの手を握る。
強く。
決意と共に。
「……治す」
もう一度。
今度は、はっきりと。
「必ず」
ロックがため息をつく。
「……じゃあ、動くしかねえな」
現実は、変わらない。
だが。
止まる理由にもならない。
窓の外。
朝の光が、少しだけ強くなる。
新しい一日が始まる。
だが。
彼らにとってそれは――
問題の続きでしかなかった。




