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無口すぎる追放騎士、ドラゴンの呪われた黒剣を背負って街に現る  作者: 雑煮餅
第4章 癒えぬもの

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第47話 癒えぬもの

夜だった。


港町の外れ。


使われなくなった古い家屋の一室。


割れた窓から、潮の匂いを含んだ風が静かに流れ込む。


灯りは、小さなランプ一つ。


その淡い光の中で。


セリナは、リゼを横たえていた。


古びた寝台。


軋む音。


その上に、軽すぎる身体。


「……大丈夫」


小さく呟く。


誰に向けた言葉でもない。


ただ、そう言うしかなかった。


リゼの呼吸は浅い。


だが、乱れてはいない。


落ち着いている。


――今は。


セリナは、その顔をじっと見つめる。


変わっていない。


それでも、違う。


あの頃のリゼではない。


「……遅くなって、ごめん」


ぽつりと、零れる。


返事はない。


だが、指先が、わずかに動く。


セリナの手に触れる。


弱く。


本当に、かすかに。


セリナの息が止まる。


「……リゼ?」


呼びかける。


リゼの瞼が、ゆっくりと震える。


そして――


開く。


ぼんやりとした視線。


焦点はまだ定まらない。


だが。


確かに、こちらを見ている。


セリナを。


「……ねえ……」


かすれた声。


途切れ途切れ。


それでも。


言葉だった。


セリナの目が揺れる。


「……うん」


抑える。


込み上げるものを。


無理やり押さえ込む。


「ここにいる」


それだけを、伝える。


リゼの瞳が、わずかに細くなる。


安心したのか。


それとも、ただ反応しただけなのか。


分からない。


その時。


――微かな光。


首元。


一瞬だけ。


「……ッ」


セリナの表情が固まる。


まだ、残っている。


あの装置の影響が。


リゼの身体が、小さく震える。


「……あ……」


声が歪む。


苦しみ。


ほんのわずかだが、確かに。


セリナが強く手を握る。


「大丈夫」


繰り返す。


「大丈夫だから」


だが。


確信はない。


ただの願いだ。


部屋の隅で、ロックが壁にもたれていた。


腕を組み、目を閉じている。


休んでいるように見える。


だが。


「……治ってねえな」


低く呟く。


目を開ける。


視線は、リゼへ。


現実を、見ている。


セリナは答えない。


分かっているからだ。


ロックが続ける。


「首輪は壊した」


「でも、“中身”は残ってる」


短く。


的確に。


セリナの指が、わずかに強くなる。


「……ええ」


否定はできない。


ロックが壁から離れる。


ゆっくりと歩き、窓の外を見る。


誰もいない。


静かな夜。


「……追ってくると思うか?」


問い。


だが、答えは決まっている。


セリナが言う。


「来る」


迷いなく。


「必ず」


ロックは小さく息を吐く。


「だよな」


軽く肩を回す。


だが、顔は笑っていない。


「じゃあ、時間ねえな」


現実だけが、そこにある。


その時。


違和感。


ロックの眉が、わずかに動く。


一瞬だけ。


空気が、歪んだような。


音が、遠くなる。


――来る。


理由はない。


だが、確信だけがある。


ロックが反射的に振り向く。


「……下がれ!」


声が鋭くなる。


セリナが即座に反応する。


リゼを抱き寄せる。


その瞬間。


リゼの身体が、びくりと跳ねる。


首元が、強く光る。


さっきまでとは違う。


明らかに強い。


「……ッ、また……!」


セリナの声が揺れる。


だが――違う。


さっきとは。


魔力が、外へは広がらない。


内側で、暴れている。


押し込まれているように。


「……おかしい」


ロックが呟く。


一歩、近づく。


その瞬間。


頭の奥に、ノイズが走る。


――逃げろ。


声。


はっきりとは聞こえない。


だが、確かに。


ロックの目が見開かれる。


「……今の……」


次の瞬間。


ガルドが動く。


無言で。


一歩、踏み出す。


リゼの側へ。


黒剣には触れない。


ただ、近づく。


それだけで。


リゼの身体の震えが、止まる。


光が、弱まる。


ゆっくりと。


沈んでいく。


「……止まった……?」


セリナが呟く。


信じられないという顔で。


ロックも目を細める。


「……やっぱり、か」


ガルドがいると、抑えられる。


だが――


ガルドは、何も言わない。


ただ、立っている。


その距離で。


黒剣が、わずかに脈打つ。


ドクン。


小さく。


だが、確かに。


ロックの視線が、そこに向く。


一瞬だけ。


嫌な予感が、過る。


「……おい、それ」


言いかけて、止める。


言葉にならない。


何が起きているのか、まだ分からない。


セリナは、リゼを抱いたまま。


ガルドを見る。


そして、リゼを見る。


理解する。


「……繋がってる」


小さく。


「この二人……」


安定と、侵食。


表と裏のように。


ロックが苦く笑う。


「……最悪のバランスだな」


誰も否定しない。


その通りだからだ。


静寂が戻る。


だが。


もう、さっきまでの静けさではない。


問題は、何一つ解決していない。


ただ――


形を変えただけだ。


セリナがゆっくりと顔を上げる。


決意が、そこにある。


「……治す」


小さく。


だが、確かに。


「絶対に」


ロックが肩をすくめる。


「方法、あるといいけどな」


現実的な言葉。


だが、否定ではない。


ガルドは、何も言わない。


ただ、そこにいる。


黒剣と共に。


夜は、静かに更けていく。


そして。


その静けさの中で。


三人と一人は。


まだ“癒えていないもの”を抱えたまま。


次へ進む準備をしていた。

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