第46話 離脱
通路は、静かだった。
だが――
先ほどまでとは違う静けさ。
張り付くような気配が、消えていない。
「……嫌な感じだな」
ロックが低く呟く。
足音だけが響く。
三人分と――もう一つ。
セリナの腕の中で、リゼがかすかに息をしている。
浅い。
不安定な呼吸。
セリナは、その体を支える手に力を込める。
「……急ぐわよ」
短く。
だが、その声には焦りがある。
ガルドは先頭を進む。
迷いなく。
壁に手を触れる。
歪む。
通路が開く。
ロックが小さく息を吐く。
「……ほんと便利だな、それ」
軽口だが、視線は常に後方を警戒している。
「……来てねえよな」
追手。
気配はない。
だが。
「……来る」
セリナが言う。
断言だった。
「ここで終わるわけがない」
ロックも頷く。
「ああ……あいつら、そんな甘くねえ」
ガルドが足を止める。
分岐。
一瞬だけ。
だが迷わない。
右へ。
そのまま進む。
やがて――
空気が変わる。
湿った地下の空気に、別の匂いが混じる。
「……潮の匂いだな」
ロックが言う。
わずかに、風がある。
「出口、近い」
セリナの足が速くなる。
リゼを抱えたまま。
通路の先。
崩れた石壁。
その向こうに――階段。
上へ続く。
ガルドが迷わず上がる。
ロックが続く。
セリナも、その後を追う。
一段。
また一段。
上へ。
やがて。
上部の木板が、わずかに軋む。
ロックが手をかける。
押し上げる。
――開く。
光は強くない。
だが、確かに地上の光。
三人は外へ出る。
そこは――
倉庫の中だった。
木箱が並ぶ。
だが、どれも空。
積み上げられた跡はあるが、中身はない。
人の気配もない。
「……撤収済み、か」
ロックが呟く。
床には、わずかに引きずった跡。
急いで運び出した痕跡。
セリナは周囲を見渡す。
「……ここ、使われてた」
確信。
だが、もう終わっている。
ガルドは何も言わない。
ただ、歩く。
倉庫の扉へ。
ロックがそれを押し開ける。
外。
港町の外れ。
倉庫が並ぶ一帯。
人の姿はほとんどない。
風が、潮の匂いを運ぶ。
ロックが大きく息を吐く。
「……戻ってきたな」
だが、安堵はない。
セリナも同じだった。
リゼを抱いたまま、一歩外へ出る。
その体が、わずかに震える。
「……っ」
首元が、かすかに光る。
弱く。
断続的に。
セリナが歯を食いしばる。
「……まだ残ってる」
完全には切れていない。
ロックが顔をしかめる。
「……ここでもかよ」
だが、さっきのような暴走ではない。
抑えられている。
不安定なまま。
ガルドが外に出る。
その瞬間。
黒剣が、わずかに脈打つ。
ドクン。
小さく。
誰にも気づかれないほどに。
セリナがリゼを抱き直す。
その時。
リゼの指が、弱く動く。
服を掴む。
ほんの少し。
だが、確かに。
「……リゼ?」
視線を落とす。
リゼの瞳が、わずかに開いている。
焦点はまだ曖昧。
それでも。
セリナを見ている。
「……ねえ……」
かすれた声。
断片。
ロックが息を止める。
だが、セリナは迷わない。
「大丈夫」
すぐに答える。
「もう、離れない」
その言葉に。
リゼの目が、わずかに揺れる。
安心か。
それとも、別の何かか。
その直後。
首元が、また光る。
「……っ」
セリナの表情が歪む。
ロックが周囲を見る。
「……ここ、長居すんな」
低く。
現実的に。
「見られてる可能性、高い」
セリナも頷く。
「あの倉庫……完全に捨てられてた」
つまり。
「……次がある」
ロックが言う。
結社は、終わっていない。
ガルドは振り返らない。
ただ、歩き出す。
港の奥ではなく。
人通りの少ない外縁へ。
セリナとロックも続く。
リゼを抱えたまま。
風が吹く。
その中で。
黒剣が、静かに脈打つ。
誰にも気づかれずに。
そして――
見えないどこかで。
“それ”は、まだ続いていた。




