第44話 断ち切るもの
限界が、近い。
それは誰の目にも明らかだった。
少女の魔力は、すでに制御の域を超えている。
膨張し、圧縮され、そしてまた膨れ上がる。
繰り返しながら、確実に壊れていく。
「……このままじゃ……!」
セリナの声がかすれる。
分かっている。
もう時間はない。
ロックが歯を食いしばる。
「やるしかねえだろ……!」
視線は一つ。
少女の首元。
一瞬だけ光る、あの装置。
「あれを叩く!」
「……でも」
セリナの手が震える。
「近づけない……!」
魔力の壁。
踏み込めば、叩き潰される。
ロックが低く言う。
「なら、開けてもらうしかねえな」
視線が、前へ。
ガルド。
黒剣を構え、暴走する力と拮抗している。
止めている。
だが、それだけだ。
ロックが叫ぶ。
「ダンナ!!」
その声に。
ガルドの足が、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
視線が、少女へ向く。
崩れかけた身体。
押し潰されそうな魔力。
そして――
「……リゼ」
セリナの声。
その瞬間。
ガルドの眉が、わずかに動いた。
ほんの、僅かに。
目の奥に、微かな光が宿る。
次の瞬間。
踏み込む。
一歩、前へ。
押し込む。
黒剣が振り下ろされる。
これまでとは違う。
守るためではない。
“届かせるため”の一閃。
魔力の塊が、裂ける。
空間が、揺らぐ。
「今だッ!!」
ロックが走る。
一直線に。
セリナも続く。
だが――
首元が、光る。
再起動。
魔力が、再び溢れる。
「ちっ、速え……!」
間に合わない。
その瞬間。
黒剣が、低く唸った。
これまでとは違う。
ただ断つだけではない。
何かに応えるように。
ガルドの中で、わずかに揺れた感情に。
――応じるように。
刃から、黒が溢れる。
濃く。
広く。
霧のように。
触れた魔力が、鈍る。
押し返すのではない。
――喰らうように。
「……効いてる!」
セリナが叫ぶ。
ロックが、その中を突っ切る。
身体が軋む。
それでも止まらない。
あと、数歩。
少女の目前。
だが。
「――ッ!!」
視線が、合う。
空の瞳。
だが、反応する。
ロックに。
魔力が、跳ね上がる。
首元が、強く光る。
「……やば――」
その瞬間。
影が、割り込む。
ガルド。
ロックの前に立つ。
黒剣を振るう。
受ける。
裂く。
だが――
完全には防ぎきれない。
衝撃が、二人を押し戻す。
ロックが歯を食いしばる。
「……くそ……!」
あと一歩が、遠い。
セリナが叫ぶ。
「もう一度!」
ロックが頷く。
「次で決める!」
ガルドが、さらに踏み込む。
黒剣が唸る。
黒が、濃くなる。
魔力を削り、喰らい、押し返す。
首元が光る。
だが――
追いついていない。
再起動が、遅れている。
「……今なら……!」
セリナが気づく。
「間がある!」
ロックが笑う。
「上等だ!」
再び走る。
セリナが矢を放つ。
狙いは少女ではない。
周囲の流れ。
魔力の均衡を崩す。
ほんの一瞬。
それでいい。
ロックが飛び込む。
手を伸ばす。
届く。
その瞬間。
少女の瞳が、揺れる。
ほんの一瞬。
微かに。
「……リゼ」
セリナの声が、届く。
ロックの手が――
首元へ。
「捕まえた!!」
掴む。
硬い。
冷たい。
装置。
次の瞬間。
魔力が爆ぜる。
至近距離。
逃げ場はない。
「――ッ!!」
だが、離さない。
歯を食いしばる。
その背後。
ガルドが、踏み込む。
黒剣を振り上げる。
その瞬間。
わずかに。
目の奥の光が、強くなる。
ほんの一瞬だけ。
確かに。
“助ける”という意志が、そこにあった。
黒が、収束する。
刃へ。
一点へ。
そして――
振り下ろされる。
一閃。
首元の装置ごと。
断ち切る。
音はない。
だが。
確かに。
“何かが切れた”。
次の瞬間。
魔力が、止まる。
完全に。
静寂。
ロックが、その場に崩れる。
「……ふぅ……」
セリナも、動けない。
ただ、少女を見る。
リゼの身体が、ゆっくりと傾く。
力が抜ける。
倒れる。
「……リゼ!」
セリナが抱き止める。
軽い。
あまりにも。
「……大丈夫……」
呼吸はある。
かすかに。
だが、確かに。
生きている。
ロックが座り込む。
「……終わった……のか……?」
誰も答えない。
ただ一人。
ガルドだけが、立っている。
黒剣を下ろし。
静かに。
その刃から、黒い霧がゆっくりと消えていく。
そして。
ほんの一瞬だけ。
少女を見て――
わずかに、目を細めた。




