第43話 暴走
音が、消えた。
空間そのものが、押し潰される。
視界が歪む。
呼吸すら、重い。
「……ッ、なんだよこれ……!」
ロックが歯を食いしばる。
立っているだけで圧し掛かる魔力。
防ぐ、という次元ではない。
“浴びている”。
いや――
“巻き込まれている”。
セリナも動けない。
足が、前に出ない。
目の前で起きているのは、戦闘ではない。
災害だ。
「……リゼ……!」
それでも、呼ぶ。
届かないと分かっていても。
少女は、応えない。
目は開いている。
だが、その奥に意志はない。
ただ一点。
ガルドだけを見ている。
完全に。
「……ダンナ!!」
ロックが叫ぶ。
だが、ガルドは止まらない。
一歩。
また一歩。
暴力のような魔力の中へ踏み込む。
その瞬間。
光が、収束する。
一点へ。
ガルドへ。
「来るぞッ!!」
ロックが叫ぶと同時に――
光が弾けた。
無数の魔力の奔流が、一直線に襲いかかる。
回避不能。
防御不能。
その中で。
黒剣が、振るわれた。
横一閃。
魔力が、裂ける。
道が開く。
だが――
「……またかよ!」
ロックが吐き捨てる。
消えたはずの魔力が、即座に戻る。
首元が、光る。
再起動。
しかも、先ほどより速い。
「くそ……止まらねえ!」
次の瞬間。
地面が砕けた。
見えない圧力が、叩きつけられる。
ロックがとっさに飛び退く。
セリナも後方へ跳ぶ。
遅れれば、潰されていた。
「……ダンナ一人に集中してる!」
ロックが叫ぶ。
「でも余波がでかすぎる!」
実際、巻き込まれている。
避けるだけで精一杯だ。
セリナが歯を食いしばる。
弓を引く。
だが――
撃てない。
「……当てられない」
狙えない。
リゼの周囲は、魔力の嵐。
矢が通る前に弾かれる。
それに。
「……傷つけられない」
声が震える。
ロックが舌打ちする。
「そんなこと言ってる場合かよ……!」
だが、分かっている。
それでも撃てない理由を。
その時。
さらに魔力が膨れ上がる。
一段、上に。
空気が震える。
「……まだ上がるのかよ……!」
ロックの顔が引きつる。
首元が、強く光る。
連続で。
間隔が短い。
「……出力、上げてる……!」
セリナが叫ぶ。
「無理やり、引き上げてる……!」
限界を、超えている。
だからこそ。
壊れる。
少女の口が、わずかに開く。
声にならない声。
苦しみ。
だが、それすら押し潰される。
「……リゼ、もうやめて……!」
セリナの声が震える。
だが。
止まらない。
魔力がさらに収束する。
今度は。
広がらない。
一点。
極限まで圧縮される。
ガルドへ。
ロックの直感が叫ぶ。
「……やべえぞ、それ……!」
次の瞬間。
放たれる。
光ではない。
塊。
圧縮された魔力そのもの。
一直線。
回避不能。
ガルドが、剣を構える。
正面から。
受ける。
衝突。
音が消える。
世界が、一瞬だけ止まる。
――次の瞬間。
爆ぜた。
衝撃が、空間を吹き飛ばす。
ロックが壁に叩きつけられる。
「がっ……!」
息が詰まる。
セリナも地面を転がる。
それでも、目を逸らさない。
煙の向こう。
そこに――
ガルドは、立っていた。
踏み込んでいる。
一歩、前に。
押し負けていない。
だが。
止めきれてもいない。
黒剣が、軋む。
ほんのわずかに。
押されている。
セリナの目が見開かれる。
「……そんな……」
初めて。
ガルドが。
押されている。
首元が、さらに強く光る。
魔力が、増幅され続ける。
際限なく。
ロックが、血を吐きながら立ち上がる。
「……おい……これ、終わり見えねえぞ……」
セリナも立つ。
震える手で、弓を握る。
「……止めないと」
声は小さい。
だが、確かに。
「……あれを、壊さないと」
視線は。
少女の首元へ。
ロックが息を吐く。
「……だよな」
理解する。
やるしかない。
その時。
少女の魔力が、さらに膨れ上がる。
限界を超えて。
崩壊寸前。
そして――
もう一度。
放たれようとしていた。




