第42話 再会
静かだった。
あまりにも。
先ほどまで空間を満たしていた圧力も、干渉も、すべて消えている。
残っているのは、冷たい空気と――わずかな違和感だけ。
ロックが小さく息を吐いた。
「……静かすぎるだろ」
軽口のようでいて、声は低い。
セリナは答えない。
ただ、前を見ている。
ガルドも同じだった。
迷いなく、歩く。
導かれるように。
やがて。
視界が開けた。
円形の空間。
整いすぎている。
これまでの部屋とは明らかに違う。
床一面に描かれた魔法陣が、淡く安定した光を放っている。
その中心。
――少女がいた。
ロックが足を止める。
「……あれか」
セリナの喉が、わずかに鳴る。
視線が離れない。
「……リゼ」
初めて、その名が落ちた。
少女は座っていた。
静かに。
目を閉じたまま。
呼吸だけが、かすかに揺れている。
眠っているようにも見える。
だが――違う。
セリナが一歩、踏み出す。
「……弱い」
ぽつりと呟く。
ロックが眉をひそめる。
「弱い?」
「魔力が……削られてる」
あの時とは違う。
あの暴走とは。
むしろ、無理やり押さえつけられているような――
「……違う」
セリナの声が、さらに低くなる。
「押さえてるだけじゃない」
「……重ねてる」
ロックも感じ取る。
空気の歪み。
一定ではない。
揺らぎがある。
「……なんだこれ」
「引き上げてる」
セリナが言う。
「無理やり……底から」
ガルドが、動く。
二人の横を通り過ぎる。
真っ直ぐに。
少女へ。
「おい、ダンナ――」
ロックが呼ぶ。
だが、止めない。
止める理由がない。
距離が縮まる。
五歩。
三歩。
一歩。
ガルドは、少女の前で止まる。
沈黙。
その瞬間。
――魔法陣が脈打った。
ドクン。
低く、重い音。
ロックが舌打ちする。
「……来るぞ」
セリナは、目を逸らさない。
ガルドが、手を伸ばす。
その時。
少女の指が、微かに動いた。
ぴくり、と。
「……リゼ」
セリナの声が落ちる。
届かない距離。
それでも、呼ぶ。
少女の目が、開いた。
ゆっくりと。
焦点のない瞳。
だが。
その視線が――ガルドに合う。
瞬間。
魔力が爆ぜた。
「――ッ!!」
ロックが反応する。
セリナも身構える。
光が溢れる。
暴走。
だが、次の瞬間。
黒い刃が振るわれた。
一閃。
音はない。
だが――
魔力が、消える。
完全に。
ロックが息を呑む。
「……やっぱり消すか」
だが。
違和感。
消えたはずの魔力が――
「……戻ってる?」
セリナの声が震える。
さっき、確かに断たれた。
なのに。
再び、満ちていく。
しかも――
さっきよりも、濃い。
「……違う」
セリナの目が、細くなる。
「今の、消えてる」
「でも……別のところから来てる」
その時だった。
少女の首元。
一瞬だけ、光が走る。
細い線のような輝き。
すぐに消える。
だが、見逃さない。
「……首」
セリナが呟く。
「……あれが、再起動してる」
ロックが顔をしかめる。
「は? じゃあ、さっきのって――」
「外の制御」
セリナが即答する。
「今のは……内側」
理解が追いつかない。
だが、現象は明白だった。
ガルドが魔力を断つ。
だが。
首元の光が走る。
そして――
再び、溢れる。
「……ちっ、面倒なことしてくれるな」
ロックが舌打ちする。
空間が軋む。
少女の魔力が、さらに膨れ上がる。
暴走。
だが、先ほどとは違う。
収束している。
一点へ。
ガルドへ。
完全に。
セリナが息を呑む。
「……狙ってる」
ロックが苦く笑う。
「おいおい……」
「完全にダンナ専用じゃねえか」
ガルドは動かない。
ただ、前へ出る。
一歩。
また一歩。
魔力の奔流の中へ。
黒剣が、わずかに揺れる。
少女の瞳が、揺れる。
ほんの一瞬。
わずかに。
“何か”が戻る。
だが。
すぐに、押し潰される。
首元が、再び光る。
強く。
より強く。
「……くっ」
セリナの歯が鳴る。
「……負けてる」
ガルドの干渉が。
押し返されている。
「……今のじゃ、足りない」
ロックが目を細める。
「どうするよ、これ」
答えはない。
ただ一つ。
目の前で、少女の魔力が限界を超えていく。
空間が歪む。
音が消える。
そして――
完全な暴走が、始まろうとしていた。




