第34話 竜の誤解
風が、叩きつける。
重い。
圧そのものが、落ちてくる。
ロックが腕で顔を庇う。
「……っ、なんだよこの圧は……!」
セリナも踏みとどまる。
「……桁が違う」
空。
そこにいた。
巨大な影。
翼が広がるだけで、視界が覆われる。
鱗は鈍く光り。
その目は、冷たい。
見下ろしている。
すべてを。
子ドラゴンが鳴く。
高く。
必死に。
それに応じるように。
親ドラゴンが、ゆっくりと降りてくる。
地面が砕ける。
衝撃。
空気が震える。
ロックが歯を食いしばる。
「……冗談だろ」
セリナの声は低い。
「……逃げ場はない」
だが。
ガルドは動かない。
ただ、見上げている。
無言で。
親ドラゴンの視線が、降りる。
子ドラゴン。
倒れている人間たち。
そして――
立っているガルド。
その順に。
ゆっくりと。
理解するように。
そして。
止まる。
ロックが呟く。
「……まずいな」
セリナも分かっている。
この構図。
どう見えるか。
「……人間が、囲んでた」
「子を、傷つけようとしてた」
「……その中心に、立ってる」
言葉にしなくても、分かる。
ガルドは何もしていない。
だが。
“そう見える”。
親ドラゴンの目が細まる。
空気が、さらに重くなる。
敵意。
明確な。
ロックが叫ぶ。
「おい、ダンナ! 一回引け――!」
ガルドは動かない。
その場から。
一歩も。
セリナが息を呑む。
「……説明、できない」
言葉が通じない。
そして。
ガルドは、言わない。
その時。
親ドラゴンが、低く唸る。
大気が震える。
地面が軋む。
次の瞬間。
前足が、振り下ろされる。
速い。
圧倒的に。
ロックが叫ぶ。
「来るぞ!」
ガルドが動く。
踏み込む。
真正面から。
受ける。
衝撃。
地面が砕ける。
空気が弾ける。
ロックの目が見開かれる。
「……っ、受けた……!?」
だが。
押される。
圧が違う。
人間ではない。
存在そのものが違う。
ガルドの足が、地面を削る。
それでも。
倒れない。
セリナが低く言う。
「……耐えてる」
だが、それだけだ。
勝てる戦いではない。
親ドラゴンが、再び動く。
今度は。
速い。
横薙ぎ。
ガルドが跳ぶ。
回避。
だが。
風圧だけで、体が流される。
叩きつけられる。
岩が砕ける。
ロックが叫ぶ。
「無理だろ、これ……!」
セリナの手が弓にかかる。
だが――止まる。
意味がない。
通じない。
その時。
子ドラゴンが鳴く。
強く。
何度も。
親に向かって。
だが。
届かない。
親ドラゴンの視線は、ガルドから外れない。
敵として。
認識している。
ガルドが、立ち上がる。
ゆっくりと。
剣を構える。
ロックが息を呑む。
「……やる気かよ」
だが。
その構えは、違った。
攻めではない。
受け。
防ぐための形。
セリナが気づく。
「……あくまで、守るつもり」
だが。
それでも。
届かない。
親ドラゴンが、大きく息を吸う。
空気が歪む。
ロックが叫ぶ。
「やばい――!」
次の瞬間。
光が、放たれる。
圧縮された力。
一直線に。
ガルドへ。
回避――間に合わない。
ガルドが、剣を前に出す。
受ける。
衝突。
爆ぜる光。
視界が白に染まる。
衝撃が走る。
ロックが歯を食いしばる。
「……っ、生きてるか……!」
光が収まる。
そこにいた。
ガルドは――立っている。
だが。
無傷ではない。
膝が、わずかに沈んでいる。
呼吸も乱れている。
限界が近い。
それでも。
倒れない。
親ドラゴンが、止まる。
その目が、わずかに変わる。
敵意だけではない。
“測る”視線。
次の瞬間。
巨大な爪が、伸びる。
掴む。
ガルドの体を。
ロックが叫ぶ。
「ダンナッ!!」
だが。
抵抗できない。
力が違いすぎる。
そのまま。
持ち上げられる。
セリナが叫ぶ。
「……連れていく気!」
親ドラゴンが、翼を広げる。
風が巻き上がる。
子ドラゴンが鳴く。
必死に。
ガルドに向かって。
その瞬間。
ガルドの視線が、わずかに動く。
子ドラゴンを見る。
そして――
何も言わない。
そのまま。
空へ。
ロックが手を伸ばす。
「……くそが!!」
届かない。
セリナも、動けない。
ただ、見上げる。
黒い影が、遠ざかっていく。
ガルドごと。
連れ去られていく。
静寂が落ちる。
残されたのは。
倒れた人間たちと。
何もできなかった現実。
ロックが吐き捨てる。
「……最悪だ」
セリナは、何も言わない。
ただ。
空を見ていた。
――ここから先が、ガルドの“運命”を決める。




