第33話 介入
砂利が、わずかに鳴る。
それだけだった。
だが。
その小さな音で、全員が振り向く。
「……誰だ?」
崖下の男の一人が、眉をひそめる。
次の瞬間。
黒い影が、地面に降り立っていた。
音は、ほとんどない。
ただ、そこに“いた”。
ロックが低く言う。
「……気づかれたか」
セリナは黙って見ている。
その背中を。
男たちの視線が集まる。
「なんだ、お前」
「依頼でもねぇだろ、ここは」
軽い口調。
だが、手はすでに武器にかかっている。
囲みは崩れていない。
子ドラゴンは、なおも震えている。
ガルドは、何も言わない。
視線だけが動く。
周囲。
人数。
距離。
そして――子ドラゴン。
それだけを確認する。
「……おい」
一人が笑う。
「横取りする気か?」
別の男が、剣を軽く振る。
「悪いが、こいつは俺たちが先に見つけた」
「分かるよな?」
返事はない。
沈黙。
その数秒が、妙に長く感じられる。
ロックがぼそりと呟く。
「……言わねぇぞ、そいつは」
セリナは目を逸らさない。
その時。
ガルドが、一歩踏み出す。
それだけで。
空気が変わる。
男の一人が、舌打ちする。
「……チッ、やる気かよ」
合図はなかった。
だが、同時に動く。
二人が前に出る。
左右から挟む形。
速い。
連携も悪くない。
ガルドは――動かない。
引きつける。
ギリギリまで。
そして。
一歩。
踏み込む。
剣を抜く。
鈍い音。
次の瞬間。
一人の剣が、弾かれる。
体勢が崩れる。
もう一人の刃が迫る。
だが。
届かない。
ガルドの剣が、先に入る。
打つ。
斬らない。
柄で。
腹に。
空気が抜ける音。
「がっ……!」
そのまま、崩れる。
ロックが目を細める。
「……急所外してるな」
セリナも気づく。
致命傷を避けている。
だが。
甘くはない。
確実に戦闘不能にしている。
「囲め!」
後方の男が叫ぶ。
残りが広がる。
三方向。
退路を塞ぐ。
その間にも。
一人が後ろへ回る。
子ドラゴンとの間に入らせない配置。
「逃がすなよ!」
刃が一斉に動く。
だが。
ガルドは下がらない。
むしろ――前へ出る。
包囲の“薄い一点”へ。
強引に。
踏み込む。
剣が振られる。
防ぐ。
流す。
叩く。
最短で。
無駄がない。
一人、また一人と崩れる。
だが。
完全には止まらない。
数で押す。
それが狙い。
一人が背後から斬りかかる。
「もらった――!」
その瞬間。
ガルドが半歩ずれる。
刃が空を切る。
そのまま。
肘を打ち込む。
鈍い音。
男が崩れる。
ロックが小さく笑う。
「……見えてるな、全部」
残り、二人。
動きが変わる。
慎重になる。
距離を取る。
「……なんだよ、こいつ」
焦りが滲む。
その時。
子ドラゴンが鳴く。
高く。
怯えた声。
その一瞬の“意識の揺れ”。
ガルドは見逃さない。
踏み込む。
一閃。
剣ではなく。
衝撃。
肩を打つ。
骨が軋む音。
最後の一人が、後ずさる。
「……っ、化け物かよ」
剣を構え直す。
だが。
もう遅い。
ガルドは止まらない。
間合いに入る。
視線が交差する。
その一瞬で。
勝負は終わる。
打撃。
崩れ落ちる。
静寂。
雨は降っていない。
だが。
空気が、重い。
全員が倒れている。
息はある。
だが、動けない。
ロックが息を吐く。
「……全員、殺してねぇな」
セリナが小さく言う。
「……必要ないから」
ガルドは、振り返らない。
剣を収める。
そのまま。
子ドラゴンへ歩く。
ゆっくりと。
警戒させないように。
だが。
子ドラゴンは後ずさる。
怯えている。
当然だ。
人間だ。
同じ存在だ。
だが。
ガルドは止まらない。
距離を詰める。
一歩。
また一歩。
その時。
子ドラゴンが、低く唸る。
威嚇。
だが、震えている。
ロックが呟く。
「……どうする気だ」
セリナは答えない。
ただ、見ている。
ガルドの手が、ゆっくりと動く。
武器ではない。
ただ、差し出すように。
触れない距離で。
その瞬間。
空気が、変わる。
――重い。
圧が、落ちてくる。
ロックの顔が強張る。
「……来るぞ」
セリナも顔を上げる。
山の奥。
空気が歪む。
子ドラゴンが、鳴く。
今度は――はっきりと。
恐怖ではない。
呼ぶ声。
ガルドは、動かない。
手を引かない。
ただ、そこに立つ。
次の瞬間。
影が、空を覆った。
巨大な存在が、降りてくる。
風が巻き上がる。
岩が砕ける。
ロックが歯を食いしばる。
「……本命、来やがったな」
セリナの目が鋭くなる。
「……親」
ガルドは、見上げる。
無言で。
その巨大な影を。
――ここからが、本当の“選択”になる。




