第31話 背負う理由
景色が、にじむ。
騎士団の広間が崩れ、音もなく消えていく。
次に現れたのは――
雨だった。
冷たい雨が、地面を打つ。
ぬかるんだ土。
折れた木々。
焦げた匂い。
ロックが顔をしかめる。
「……戦場か」
その言葉の通りだった。
周囲には、倒れた騎士たち。
動かない者。
かろうじて息のある者。
砕けた鎧。
折れた剣。
戦いの“結果”が、そこに残っていた。
セリナの表情が強張る。
「……ひどい」
その中心に。
膝をつく一人の騎士。
肩で息をしている。
広間で、声を上げかけた若い騎士だった。
その前に――
立っている影。
ガルド。
雨の中、静かに立っている。
ロックが低く呟く。
「……これが、失敗の中身か」
その時。
遠くで、咆哮が響く。
空気が震える。
セリナが顔を上げる。
「……来る」
森の奥。
巨大な影が動く。
まだ姿は見えない。
だが、確実に近づいている。
若い騎士が、震える声で言う。
「……俺のせいだ」
息を吐きながら。
「俺が……誘導を誤った」
「退路を……塞がせた」
ロックが歯を食いしばる。
「……っ」
セリナは黙って聞いている。
若い騎士が続ける。
「報告は――」
その瞬間。
ガルドが、わずかに振り向く。
視線。
ただ、それだけ。
言葉はない。
だが。
若い騎士の言葉が、止まる。
「……っ」
喉が詰まる。
拳を握る。
そして――俯く。
ロックが低く言う。
「……止めたな」
セリナは答えない。
ただ、見ている。
その一瞬を。
ガルドは前を向く。
そして。
短く、手を動かす。
――行け。
言葉ではない。
だが、明確な指示。
若い騎士の目が揺れる。
「……でも」
言いかけて。
止まる。
歯を食いしばり。
そして――立ち上がる。
「……すまない」
それだけを残して。
後ろへ走る。
倒れている仲間を避けながら。
振り返らずに。
ロックが吐き捨てる。
「……逃がすのかよ」
セリナの指が、わずかに震える。
その意味が分かるから。
その時。
森が、割れる。
現れたのは――
異形の存在。
竜に似ている。
だが歪んでいる。
濁った鱗。
不自然な動き。
暴走した力。
ロックが呟く。
「……なんだ、あれ」
セリナも息を呑む。
「……普通じゃない」
怪物が、こちらを見る。
そして――咆哮。
地面が砕ける。
突進。
速い。
圧が、違う。
ガルドが、一歩前に出る。
剣を抜く。
無言で。
そのまま。
ただ、立つ。
背に、誰もいない場所を守るように。
ロックが言う。
「……時間稼ぎか」
答えはない。
だが、それしかない。
ガルドは最初から。
それを選んでいる。
怪物の一撃。
受ける。
衝撃。
火花。
雨が弾ける。
体が軋む。
それでも。
退かない。
もう守る者はいない。
だが、それでも。
立つ。
その場に、留めるために。
若い騎士を。
生かすために。
ロックが低く言う。
「……あいつ一人で背負ってんのかよ」
セリナは目を閉じる。
一瞬だけ。
そして、開く。
視線は逸らさない。
ガルドは、何も言わない。
何も求めない。
ただ。
立ち続ける。
削られながら。
壊れながら。
それでも。
倒れない。
景色が、揺らぐ。
雨が、消える。
音が遠ざかる。
最後に残るのは――
その背中。
折れないまま。
ただ、そこにある。
ロックが吐き出す。
「……馬鹿だろ」
だが。
その声に、否定はなかった。
セリナは何も言わない。
ただ。
その背中を、焼き付けていた。
――過去は、まだ終わらない。




